角力

 銚子の猿田神社の本殿脇に一つの石碑が置かれていました。

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そこには「角力興業記念碑」とあります。

勧進元の江戸 根岸文衛門という人はどういう方かはわかりません。
ただこの年代が結構古いので目にとまりました。

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角力は相撲のことですが、昔はいろいろな神社で祭礼としても相撲の興行が行われました。

力石を持ち上げてその力を競う話もたくさんあります。

近くの東庄町にある諏訪大神には天保水滸伝で有名になった笹川繁蔵が奉納した石碑が置かれています。、

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「天保十三年七月廿七日(諏訪明神祭禮の日)」の石碑 (1843年)

笹川(岩瀬)繁蔵は相撲の元祖野見宿禰の碑を建立すると共に農民救済を名目として大花会を催した
上州武蔵の大前田英五郎、上州上野の国定忠治、奥州仙台の鈴木忠吉、奥州信夫の常吉、駿州清水の次郎長など天下に知られた親分衆が出席し空前の盛会であった。(天保水滸伝遺跡保存会)

ここで開いた大花会で力を示した形になった笹川繁蔵と飯岡の助五郎との争いが天保水滸伝といわれる話だが、笹川繁蔵も飯岡助五郎も江戸で一時相撲取りであった。
また繁蔵の子分の勢力富五郎も相撲取りであった。

また飯岡にある玉崎神社には助五郎の碑が置かれていてその前に力石が置かれています。
助五郎はこの石を奉公人に持ち上げさせてその高さで給金高をきめたという逸話も伝わっている。

面白いものだ。

石岡の総社宮でもお祭り中日に県の高校相撲大会が行われますが、かなりの迫力です。

しかし、大昔から総社宮の祭礼に儀式以外に取り入れられていたのはこの角力(相撲)で、江戸時代などは街中の祭りがあると、神社の祭礼や相撲の奉納にはあまり人か来なかったという記録もあるという。

また愛宕山でも相撲大会があり、大男を次々投げ飛ばした男がいてこれが天狗であると噂されたという。
その男は茨城町の「慈雲寺」の和尚らしいということになった。

この碑を見て、今までに訪れた各地の話が浮かんでくる。 面白いものだ。

銚子 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/02/06 22:24
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