山倉観福寺(1)
山倉大神の別当にあたる観福寺は関東八十八霊場の第45番札所という。
神社とはほんの少ししか離れていない。

参道途中にある石塔には波乗りうさぎの文様が描かれている。

石塔の裏を見ると明治28年と彫られているようだ。

観福寺は香取市に2カ所ある。
1か所は佐原の観福寺で伊能家の墓のある寺で、「日本厄除三大師」と書かれている。
(前に紹介した記事は ⇒ こちら)
もう一つの観福寺も山倉さまとして江戸時代には大六天の総社として特筆される寺である。
Wikipediaによると
「言宗豊山派の寺院で「山倉山観音地院観福寺」、811年(弘仁2年)円頓によって創建され、814年(弘仁5年)弘法大師空海がこの寺に入り修法した」と書かれている。
なかなか奥が深そうだ。
この寺と山倉大神は一体であり、鮭祭りも一体だ。
祭りの神輿もこの寺の前の通りで行われる。
今日もあまり書く時間がなく、明日もまた出かけるので記事の続きは明後日?書きます。
神社とはほんの少ししか離れていない。

参道途中にある石塔には波乗りうさぎの文様が描かれている。

石塔の裏を見ると明治28年と彫られているようだ。

観福寺は香取市に2カ所ある。
1か所は佐原の観福寺で伊能家の墓のある寺で、「日本厄除三大師」と書かれている。
(前に紹介した記事は ⇒ こちら)
もう一つの観福寺も山倉さまとして江戸時代には大六天の総社として特筆される寺である。
Wikipediaによると
「言宗豊山派の寺院で「山倉山観音地院観福寺」、811年(弘仁2年)円頓によって創建され、814年(弘仁5年)弘法大師空海がこの寺に入り修法した」と書かれている。
なかなか奥が深そうだ。
この寺と山倉大神は一体であり、鮭祭りも一体だ。
祭りの神輿もこの寺の前の通りで行われる。
今日もあまり書く時間がなく、明日もまた出かけるので記事の続きは明後日?書きます。
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