銚子漁港の始まりは外川港であった

 千葉県銚子市の先端に外川(とかわ)漁港がある。

その漁港の東端の少し高台にある「大杉神社」の入り口付近に高さ4mほどの大きな石碑が建てられている。

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「銚子漁業発祥地外川港    開祖 﨑山治郎右衛門碑」

銚子漁港は今の利根川出口付近にある銚子漁港よりも前にこの外川(とかわ)に漁港が作られた。(万治元年(1658年))

崎山次郎右衛門(さきやまじろうえもん)は慶長16年(1611)生まれで、紀州(和歌山)有田郡広村で漁師をしていましたが、黒潮にのり房総半島沖の「いわし漁」で財を成したといわれています。

しかし度々海難事故にあい、高神村(現外川)や飯沼村の人々に助けられました。

その恩返しもあり、この銚子の地の漁業発展のために寛永年間(1624~1644)、故郷から140人もの漁師を呼び寄せ、この外川漁港建設に尽力し、銚子の漁業技術の普及に尽力したのです。

明暦2年(1656)に崎山次郎右衛門はこちらに住まいを移し、万治元年(1658年)外川浦に漁港が完成したのです。
銚子の漁業はまず今の銚子港ではなく、外川港が先に繁栄したのです。

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外川漁港は海岸沿いに沿って細長く続きますが、すぐ高台が迫っていますので、住居などは高台に広がります。
この漁港のはずれにあるこの石碑から外川漁港を見下ろすことができます。

外川2

ではこの石碑がある「大杉神社」を少し紹介しておきます。

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神社は石段を上った上にありますが、途中二対の狛犬がいました。
大正時代の作のようですが、なかなか趣のある表情・姿です。

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上から登ってきた階段を見下ろすと、この樹叢は海沿いに建てられた神社であることがよくわかります。

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神社はそれほど大きなものではありません。
境内に碑が一つ置かれていました。

平安時代の歌人で金葉和歌集の選者「源 俊頼(みなもと の としより)」の和歌です。

「磐(いわ)はしる 外川の滝のむすぶ手も しばしはよどむ 淀むせもあれ」

ただ、この俊頼と外川の関係などは不明ということですので、この歌もここ外川を詠んだ詩かどうかもあまりはっきりしません。

銚子は紀州和歌山との関係は結構深いようです。

ヤマサ醤油の創業者 初代濱口儀兵衛は、外川漁港の開拓者「﨑山治郎右衛門」と同じ紀州広村の出身です。

醤油は鎌倉時代に味噌作りをしていて偶然できたもののようで、これは紀州の湯浅村でした。その紀州湯浅の隣りが広村(現広川町です。
濱口家の家長は代々、紀州広村にある本家と銚子を行き来していました。
そして、ヤマサ醤油を創業したのは1645年(正保2年)です。

同じ広村の出身であった﨑山治郎右衛門の影響を受けていたのでしょうね。


銚子 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/16 07:01
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