潮社(いたのやしろ)

 鹿島神宮の境外末社にむかしの潮来(いたこ)の名前の元となった「潮宮(いたみや)」が祀られていると、このブログの読者の方から教えていただいて行ってきました。

記事にするのが少し遅くなってしまいましたが、行ったのはもう2週間以上前です。

場所は鹿島神宮の森の東側で「下津入口」信号を下津海岸方面に少し進んだ左側です。
すぐ先に臨界大洗鹿島線の踏切の手前です。

踏切を渡って海岸方面に行くと「高天原」という地名の場所があります。

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鹿島神宮の森はかなり広くてこの神社があるあたりまで続いていたと思いますが、現在は道路などで削られて、この神社の周りも住宅街になっています。

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通りに面したところに鳥居が立っていますが、そこから森の中に参道があります。
森といってもこの神社の敷地のみが残されているといった感じで、すぐ森の木々の間から向こう側の家や通りを走る車などが見えます。

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鹿島神宮の末社に数えられていますが、境内の外にあるので境外末社というようです。
比較的敷地もありますが、手元の地図には神社マークも書かれていません。

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神社の説明も日本語以外に英語、中国語、韓国語が併記されていました。

読みづらいと思いますので日本語のところを抜粋して書いておきます。

「潮社(いたのやしろ)は潮宮(いたみや)とも呼ばれ、鹿島神宮の末社で、高倉下命(タカクラジノミコト)を祀っています。神話の中で、神武天皇が日向を発ち東へ進み大和へ向かったとき、長髄彦(ナガスネヒコ)の抵抗にあい、熊野山中で危機に陥りました。このとき高倉下が神武天皇のもとに師霊剣(フツノミタマノツルギ)を持参したとされ、その霊力により軍勢は毒気から目覚め、活力を得て戦に勝利、日本の建国に大いに貢献したとされます。荒ぶる神を退ける力を持つ、この剣は武甕槌命(タケミカヅチノミコト)が葦原中国(あしはらなかつくに)を平定したときの剣です。
 ところで、鹿嶋の隣まち潮来の地名ですが、古くは伊多久(いたく)とか板久(いたく)と称し、その後に板来と称していたのですが、1698年に水戸藩主徳川光圀の命で潮来に改称しました。それは光圀が鹿島に潮宮があって常陸の方言で潮を「いた」と読むことに関心を示したことによるものです。

この潮社がこの地にいつから祀られているのかはよくわかりません。
小美玉市倉数にある潮宮(いたみや)神社は鹿島地方にあった潮宮が992年に移されたと伝わっています。

どちらも祭神は高倉下です。


鹿島神宮 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/04/28 14:14
コメント
感謝
こんばんは。
「潮宮」早速ご訪問下さったのですね!
神社の説明文もありがとうございます!
鹿島神宮の末社はたくさんあるせいか、経緯等の詳しいお話は鹿嶋の方に聞いてもなかなか解りません・・。
小美玉に移されたのに、両方ともにお社があるのがちょっと不思議です。


ぽんたさん
紹介していただきすぐに行ってきました。

あまり地図表記や説明も見かけないので助かりました。
潮宮が潮来の名前の由来になった時の話も昔あったという程度ですのでどんないきさつがあるか
良くわかりませんね。


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