今年もダイダラボッチの里へ

 石岡市の東南にある井関地区の方に私がダイダラボッチの里と呼んで毎年訪れる場所があります。
今年も1日遅くなってしまいましたが8月17日午後に出かけてきました。

ここは江戸時代は水戸藩の領地でした。

全国で厄病が流行った時に部落の入り口に大人形を飾って厄病の進入を防ぐためにはじめられたといわれています。

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代田地区の大人形。
乳、へそ、男根などにナスを使いますが、男根の根元はトウモロコシでつくられています。

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梶和崎の大人形。
ここだけが16日ではなく少し早く飾られる。

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古酒(ふるさき)の大人形

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長者峰の大人形。 個々のものが一番大きいようだ。
森の入り口にあり少し不気味だ。

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千葉や新潟・秋田などには大きな藁人形を飾る風習が残っていて、これは「鹿島様」と呼ばれている。
しかしこちらは地元では大人形と呼んでいる。

しかし代田にあることもあり、またこのあたりにも水戸の大串貝塚に伝わるダイダラボッチ伝説と同じようにダイダラボッチの足跡というのも残されていて製鉄の跡などとの関連も言われて面白い。

また今年もこの大人形に会えてうれしかった。

高浜・三村地区 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/08/17 23:12
コメント
No title
こんいちは。ダイダラボッチというのは、宮崎駿さんの映画や東北を自転車旅行した時に知りましたが、古代の製鉄などとも関係があるんですかね。それぞれの地域の人形に土俗性・呪術性が感じられ面白いです。
kincyanさん
これ面白い風習でしょう。

> ダイダラボッチというのは、宮崎駿さんの映画や東北を自転車旅行した時に知りましたが、古代の製鉄などとも関係があるんですかね。

どのようにつながっているかはわかりませんが水戸や石岡にも「大足」(おおだら)という地名がありダイダラボッチの足跡だという話があります。
その大きな足跡の窪地が昔に砂鉄を採取した製鉄の後だといわれています。
ここの代田にもそんな話が伝わっていて、ダイダラボッチがここの地と水戸大串に霞ケ浦をまたいで足を踏ん張り、筑波山と富士山を天秤棒にのせて重さ比べをした。その時に筑波山が落っこちて2つの山(女体山、男体山)になったなどと話は語られてきました。面白いですね。


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