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少彦名とコロボックル

 日本神話に登場する少彦名(すくなひこな)という神様がいる。
前から不思議思っているのだが、いったい何者だろうかと・・・・

大国主がこの日本の国造りをしていたとき、天乃羅摩船(アメノカガミノフネ)に乗って海から(波の間から)やってきた。

この船がガガイモの実が半分われて綿毛が飛んで残ったさやの船だといわれている。
こんな船に乗っているのだから当然小人だ。

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そして言葉が通じないので異国からやってきた人物で小人と言えばどこから来たのか・・・などと考えてもわからない。

大国主と国造りを一緒に手伝って、一区切りついたところで稲穂によじ登ってその穂の弾力ではじけ飛んで「常世の国」へ行った。

温泉や、薬の知識があるのでヤマトの人々より文明の進んだ異国人かとも思うが。いかんせんよくわからない。

常世の国というのも一般には元いた世界に戻ったと解釈されているが、常陸国の那珂川あたりにやってきたのではないかと、私は考えたりしている。

少彦名は那珂川の入り口両端にある大洗磯前(いそさき)神社と酒列磯前(さかつらいそさき)神社に祀られているし、少し上流の粟地方にある「阿波山上神社」にはここに少彦名が空から降りてきたとの話が伝わってもいる。

まあ少彦名は小人なので一寸法師のモデルなどとも言われる。

さて、今日はこの少彦名と、北海道のアイヌに残るコロボックルの話が少しダブってきたので考えてみた。

アイヌのコロボックルの話は少しメルヘン調に話が脚色されて、本当の小人でどこかかわいらしいイメージができてしまっているが、実際の話はそんなに小さな小人ではない。

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(絵は講談社「コロボックル物語」特設ページより借用)

竪穴の住居にすんで、ふきの葉の屋根の下に住んでいたりする。
そしてあまり姿を見せないが、話では手の甲に刺青をしているというのもある。

この素早い動きをして、竪穴住居にすんでいるのは昔この霞ケ浦周辺に住んでいたという「佐伯」「土蜘蛛」などと言われた原住民(縄文人)によく似ている。

また刺青をしているというのは、武内宿禰(たけしうちのすくね)が東国を見て回り、都に戻って、日高見国を征服するように景行天皇に進言しますが、その時に、ここに住んでいる原住民は身体に刺青をしていると話している。

元々住んでいた縄文人がコロボックルであったのなら、アイヌは縄文人の子孫ではないのか?
いろいろ疑問が残りますね。

こんなことを考えていたら、すでにいろいろな案が出ているみたいです。

コロボックルを書いた「佐藤さとる」さんの「だれも知らない小さな国」の中で、この少彦名とコロボックルが同じ種族ではないかとの話も書かれているらしい。

「う~ん・・・」

私は昨日あたりから、ちょっと思い浮かんだだけなのだけれど・・・・




まあ「小人」という共通点があるので無理やり結び付けようとしたのがそもそも無理があるかもしれないですね。




神話 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/05/26 16:54
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