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茨城の難読地名(その2)-木葉下(水戸市)

難読地名 
シリーズ1回目からは ⇒ こちら 

木葉下 【あぼっけ】 水戸市

 「木葉下」は茨城の難読地名で最も有名なものの1つです。
「あぼっけ」と読むのですが、この謂れについてはかなりいろいろな説があります。

1、「角川日本地名大辞典」(茨城県)によるといくつかの説を列挙している。
(1)鎮守香取神社を下総国香取神宮から勧請(かんじょう)して遷座する際に榊葉の裏に御影を顕したということによるという説
(2)山肌の崩れた所を「ばっけ」、赤土が露出した崖地を「あかばっけ」などといいそれが転訛したという説。(新編常陸国誌)
 また、木葉下の字は当地に大樹の美蔭があったことによるという説。
を挙げています。また縄文時代の小鍋遺跡、古墳時代の大鍋遺跡がある。 と書かれています。

2、「今昔 水戸の地名」(堀口友一著)には、「慶長三年(1598)の検地帳(佐竹氏が行った検地)にはアホツケ村とある。高田与清氏によれば、ホケはハケまたはカケで、山の岨(そま)などの土のかけやすいことから起こった語であるという。木葉下とはそのような場所の大樹の陰の意味であるといわれる。西端に水戸市で最も高い朝房山がある。この朝房の下にあることからアボ下の地名が起こったとも考えられる。」
と書かれています。これは上の(2)とほぼ同じです。

3、「常陸国風土記と古代地名」(鈴木健著)には、「この山(朝房山)の直下に水戸市大字木葉下(アボッケ)という珍しい地名があり、そこに朝房下という小字がある。もし他にアサ○○のサが脱落してア○○となるような類例があれば、朝房下は、アサボウイシタ⇒アボウシタ⇒アボウケ⇒アボッケとなり得る。・・・・・・・・
また「もしこの山が人が寝ているように見えたとすると、[a-ア・一般称。人にあたる言葉]、{hotke ほッケ・寝る} アイヌ語ではp・t・kが隣にあった場合、前のものが後のものに同化するので、hotke は hokke となるからアホッケ。古くからこの山をアボッケ(ヤマ)=人が寝ている(山)と呼んでいたことはなかっただろうか。やがてそこから、朝寝坊という連想が生まれ、アボッケのアボと朝寝坊が重なり、アサボウ山と呼ばれ、アボッケの方はケが下ということで、山下の地の名前に変わったのではないだろうかと考えてみたこともあった。・・・・・
これはアボッケを朝房山や朝寝坊伝説と関連づけた話しであり、地形から見ると、[pokぽク・下]・{pa-keぱケ・出崎の突端の崖}=下の崖ふち がある。その発音に木葉下(ボク・バ・ケ)が当てられ、山茶花(サン・サ・カ)の発音が(サザンカ)と逆転したようにハバッケとなった。あるいは、そのpakeの転と思われrが、関東で崖をカケとかバッケと言うので、崖下をハケシタとかバッケシタと言ったことが考えられる。・・・・・などと書いています。
鈴木健さんはアイヌ語というより「縄文語」を研究されている方です。

確かに東京小金井市の駅の南側の一段下がった崖(国分寺崖線)の下に続く道は「はけの道」と呼ばれています。
ここでは「ハケ=崖下」の意味に使われていますね。
その他四国の「大歩危(オオボケ)・小歩危(コボケ)」などのボケもおなじような崖地を表す言葉かもしれません。

でもこの木葉下(アボッケ)を私は何度も訪れているのですが、どうもこの崖下というイメージがわいてこないのです。

水戸の市内から来ると確かに山間の薄暗い場所で起伏もあります。また近くにたくさん古墳があり、大きな古墳公園もあります。

しかし、アボッケが崖地についた名前でしたら、他にも候補は山ほどあり、わざわざこんな場所にはつけないのではないかと思うのです。

昔の地形はよくわかりませんが、今から想像すると「崖」というのは少しイメージが違います。

そこでもう一つ別な解釈をネットで探してみました。

4、アボッケは古朝鮮語で「焼き物を焼く里」で、粘土などの意味もある・・・ということを書いている人がいました。
 
根拠があいまいなのですが、この説明があっているとすればイメージ的にはとてもよく合います。

この近く(木葉下三ケ野地区)には奈良時代の須恵器を焼いた窯跡があり、約40基の登り窯があったことが確認されていて、「木葉下遺跡」と呼ばれています。 
ここから出土した瓦は、いわゆる台渡里廃寺「徳輪寺」の後期の造営に用いられたものということがわかっています。

何かこちらの関係が強いのではないかと私には思われます。

(関連地名)
・大足 【おおだら】
・全隈 【またくま、またぐま】



茨城の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/06/28 19:54
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