茨城の難読地名(その20)-全隈

難読地名20


シリーズ1回目からは ⇒ こちら 

全隈 【またぐま】【またくま】 水戸市

 水戸市の西側赤塚方面にある「全隈町」は今の住所表記の読みは「またぐまちょう」となっています。
しかし、かなり多くの文献に「またくま」とも表記されています。

調べると、平安時代の辞書である「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」に記載のある常陸国那賀郡の郷名(22ある)の一つに「全隈郷」があり、この郷名がこの町の町名の元となっています。

「角川日本地名大辞典(茨城)」によると、この地は大塚古墳群(成沢町)、小鍋遺跡(木葉下町)、開江宿遺跡・下荒句古墳群(開江町)、田野遺跡・馬場尻古墳群(田野町)、西原遺跡・西原古墳群(堀町)などの古墳時代の遺跡が多数あり、全隈町には石器時代に石斧を作ったところと思われる「集石跡」があり、石器時代の遺跡として貴重だと書かれています。
また、奈良期には正倉院文書などでは「全熊郷」とも書かれていたとあります。

さらに、戦国期には「またくま」「又熊村」などと書かれた資料が見つかっています。

地名の由来については、「今昔水戸の地名」(堀口友一著)によれば、
「新編常陸国誌の原本頭書には、マタグマトハコノ郷ハ、スベテ那珂川ノクマニアル地ナレバナルベシと記している。
とあり、これが地名の起こりであるとすれば、スベテは全であり、クマは水の曲がった処の片隅であるから、那珂川に対する位置を示して全隈と名づけられたものである。」
と述べています。

多くの書物がこの解釈で終わってしまっているのですが、この地名にはもう少し深い意味がありそうです。

まず、「隈(くま)」と「熊(くま)」は同じように発音され、漢字で書かれているものにはこの2つが混在しています。

もう少し全国の「隈」のつく地名を探してみましょう。

宮城県岩沼市阿武隈(あぶくま)
宮城県岩沼市武隈(たけくま)
宮城県亘理郡亘理町逢隈(おおくま)
福島県白河市大信隈戸(たいしんくまど)
茨城県水戸市全隈町(またぐま)
兵庫県神戸市中央区花隈町(はなくまちょう)
鳥取県鳥取市南隈(みなみがくま)
広島県福山市沼隈町(ぬまくまちょう)
福岡県福岡市博多区 金の隈(かねのくま)、月隈(つきぐま)(下月隈、西月隈、東月隈)
福岡県福岡市城南区七隈(ななくま)、干隈(ほしくま)
福岡県福岡市早良区田隈(たぐま)、干隈(ほしぐま)
福岡県大牟田市田隈(たくま)
福岡県飯塚市忠隈(ただくま)
福岡県中間市下大隈(しもおおくま)
福岡県小郡市乙隈(おとぐま)、山隈(やまぐま)、横隈(よこぐま)
福岡県筑紫野市隈(くま)
福岡県大野城市雑餉隈町(ざつしょのくままち)
福岡県うきは市浮羽町西隈上(にしくまのうえ)、東隈上(ひがしくまのうえ)
福岡県宮若市上大隈(おおくま)
福岡県嘉麻市牛隈(うしくま)
福岡県嘉麻市大隈(おおくま)
福岡県朝倉市小隈(おぐま)
福岡県朝倉市隈江(くまえ)
福岡県糸島市志摩松隈(まつぐま)
福岡県筑紫郡那珂川町西隈(にしぐま)、東隈(ひがしぐま)
福岡県糟屋郡粕屋町大隈(おおくま)、上大隈(かみおおくま)
福岡県嘉穂郡桂川町吉隈(よしくま)
福岡県朝倉郡筑前町篠隈(しのくま)
福岡県朝倉郡筑前町山隈(やまぐま)
福岡県三井郡大刀洗町山隈(やまぐま)
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町松隈(まつぐま)
佐賀県三養基郡みやき町中津隈(なかつくま)
熊本県熊本市南区城南町隈庄(くまのしょう)
熊本県菊池市隈府(わいふ)
大分県大分市荏隈(えのくま)
大分県日田市隈(くま)
大分県日田市日ノ隈町(ひのくままち)
大分県玖珠郡玖珠町大隈(おおくま)
宮崎県日南市隈谷(くまや)
鹿児島県鹿屋市飯隈町(いいくまちょう)
鹿児島県鹿屋市上高隈町(かみたかくまちょう)下高隈町(しもたかくまちょう)
鹿児島県薩摩川内市隈之城町(くまのじょうちょう)

たくさん出てきました。
これらを眺めて、またそれぞれの地名の由来などを見ていくと、ある推論が浮かんできます。
特徴としては
1)九州に圧倒的に多い
2)吉野ヶ里町松隈(まつぐま)のように古代の遺跡がある場所がとても多い。
3)阿武隈川(あぶくまがわ)や逢隈(おおくま)などの地名から、これらの地が「大熊(おおくま)」と呼ばれていた時代もあり、「隈」は「熊」と同じように使われていることも多い。

また、日本神話に出てくる「イザナギ」が地下にあるとされた死者の国「黄泉の国(よみのくに)」へ行き、亡き妻のイザナミに会うが、穢れた姿を見て逃げ帰ります。
この死者がすむ黄泉の国に棲むのが「隈(くま)の神」だというのです。
そして「イザナミ」を葬っている場所は「隈野」、「隈処」などと書き、その場所を熊野古道で知られる吉野の「熊野」としている考えがあるようです。

すると、この「隈」には死者(身分の高いもの?)を葬る場所という意味合いもありそうに思えます。

水戸の「全隈」などは古墳もたくさんあり、近くには初期に那珂川から上流側を開拓した「 建借間命(タケカシマのみこと)」の墓といわれる「愛宕山古墳」もあります。

タケカシマは初代那賀郡の国造(くにのみやっこ)で、九州の佐賀県出身の人物とも言われています。
それは「常陸国風土記」の中に、賊をおびき寄せるために、海辺に繋いだ船の中で、「杵島(き しま)曲(ぶり)の歌を七日七夜歌った」とあります。 この杵島は肥前国(現佐賀県)の郡名にある名前なのです。

こうして全国の「隈」「熊」「熊野」などという地名を見ていくとどこかで共通するものがありそうです。
ただ、かなり古い時代ですので、検証するのは難しいそうに思います。

茨城の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/07/11 15:02
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