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乳房稲荷神社

 行方市浜の霞ケ浦岸辺近くに「乳房稲荷」と書かれた神社がある。

なかなかドッキリするような神社の名前であるので先日立ち寄ってみた。

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確かに鳥居の扁額には「乳房神社」と書かれている。
ただ名前を想像させるようなものは置かれていない。
キツネの像があるのでいわゆる「お稲荷さん」である。

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場所は霞ケ浦水運が発達していた頃の浜の船着き場あたりだろう。
鹿島参宮鉄道を作る計画時には石岡駅(初期計画は高浜駅)からこの「浜」までが大正15年に開通している。
そしてこの浜から 汽船参宮丸、霞丸、鹿島丸という蒸気船により浜 - 麻生 - 牛堀 - 潮来浜町 - 鹿島大社への船が昭和2年から運行された。

一方鉄道の方は早いうちから鹿島神宮への計画をあきらめてこの先の玉造から鉾田へ延伸した。
今となってはこの計画が良かったのかどうかも分からないが、今では鉄道は廃止され、汽船も運行されていない。

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浜の湾(船着き場)から霞ケ浦大橋の方を望んだ。
高い塔は、霞ヶ浦ふれあいランドの「虹の塔」(高さ60m)
ここから対岸まで霞ケ浦大橋がある。

この大橋ができる前まではこの浜から対岸の柏崎まで渡し船が運行されていた。
学校の子供たちの通学にも使われていたという。

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乳房稲荷は近くの素鵞神社の支社、または天台宗の「東福寺」の支社あたりかもしれない。
あまりよく調べてはいない。

名まえを見て驚くが、結構このような神社は各地に存在するが、稲荷神社の性格からしても、それぞれの地域で

・豊作祈願・商売繁盛・家内安全・子育て安心・健康祈願・病気除去

などと言った素朴な願いの村の鎮守様だったのだと思う。
乳房神社などという名前からしてもおそらくは「子安神社」と性格的には同じだと思う。

牛久・竜ヶ崎にまたがる「女化神社」にしても、この名前になったのは比較的新しい。
たんなる「稲荷社」などと呼ばれていた時期が長いようだ。

近くの家の門の前に個人的と思われる神社が建てられていた。
名前は書かれていないが、最初はこのような形であったのではないかと思う。

小美玉・行方地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/09/01 07:20
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