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弟橘姫の像が盗難?

 先日茨城空港のほうから霞ヶ浦に向かって羽生(行方市)の郵便局への道を久しぶりに車で走りました。
湖岸沿いの国道355号線に出て銚子の方に向かうためです。

この道は茨城空港が出来る前から何度か通っています。
空港が出来、道路が拡張されきれいに成りましたが、車の量はやはり少ないです。

以前に「こうして歴史は消えていく」と題して、この通り沿いにある「橘郷造神社(たちばなごうぞうじんじゃ)」を取り上げたことがあります。(記事は → こちら
空港との連絡道路建設で神社の参道脇の木々がかなり切られてしまって、参道と道路との距離が近くなってしまったのです。

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この道路建設をしていて記事にしたのが2011年12月で、最近では最後に訪れたのが2017年2月です。

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参道と道路との距離は近いですが、それでも少しは参道の木も茂り、何とか守られているといった感じです。
この神社は東京湾で入水した弟橘姫(おとたちばなひめ)の笄(こうがい)が霞ヶ浦の湖畔に流れ着き、それを鳥と共に空を飛んでこの神社に運ばれたという伝説があります。

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1年半ほど訪れていなかったのですが、その間に入口に設置されていたヤマトタケル伝説の「弟橘姫の像」が今年の春に盗まれてしまっていました。
話は人づてに聞いていましたが、ひどいことをする人がいるものですね。
これも隣にアクセスしやすい道路が出来てしまったせいかもしれません。

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この像は鹿児島県生れの彫刻家「宮路久子」(行方市在住)さんが20年以上前に作って設置していたものです。

弟橘姫像

前に撮った写真ですが、それほど大きくはないのですが、宮路さんは、行方市などに残るヤマトタケル伝説に地に多くの像を制作して設置されています。

先日、宮路さんのお知り合いを通じて私の本「行方地方(上)常陸国風土記と行方の里」を読んでいただきたいと思い、宮路様に差し上げました。

そうしたら、宮路さまより丁寧なお手紙を頂戴しました。
その中で、これらの像はもう20~30年前に制作したもので、今はこれらの像制作には係わっておられないとのことでした。
頂いたお手紙で製法について書かれた所がありましたのでご紹介させていただきたいと思います。

「諸々の理由から、これらの銅は溶接で制作しています。初めての試みで、まず銅網で原形をつくり、銅線を低い熱で溶かしながら網を被せ、最終的には高熱で網もろとも溶かすというものでした。」

これってすごいことだと思ったのです。
銅の溶融温度は鉛、亜鉛、アルミなどの倍以上で、銀やよりも高くて金とほぼ同じの1083℃もあるのです。
合金などよりかなり高く、非常に扱いにくい金属だと思います。
確かにガスバーナーの温度はこれより高いので溶かせますが。

苦労されて作られたのだとの思いがしました。

これを盗むなどということは本当に許せませんね。

作った人の苦労を無にしないで欲しいものです。

宮路さまには、私のブログで、他の場所に設置されていた像のイメージが「常陸国風土記の記載されている内容を理解するとイメージとはあわない」などと好き勝手なことを書いていましたことを心よりお詫びいたします。


橘郷 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/10/10 10:26
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