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つくば市北条の町へ

 昨日行方市の萬福寺を紹介しました。 そしてそこが「平家ゆかりの寺」とも言われていることも・・・

そして芹沢氏の影響があることも・・・・

1週間前に「ふるさと風の会」の機関誌を配りるため北条の町に行ってきました。
毎月1回ここを訪れています。
それももう数年欠かさずに来ています。

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途中の宝篋山(ほうきょうさん)もきれいに山が見えます。
最近登山客でにぎわっています。
この日も何組もすれ違いました。

写真は極楽寺跡近くです。
極楽寺は鎌倉時代に小田氏のもとにやってきた忍性が建てた七堂伽藍を有する大きな寺でした。
今は山の中腹に大きな五輪塔が残されているだけでそれほど残されているものはありません。

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風の会の機関誌は北条の町の中心部にある「北条ふれあい館(田村家)」に置かせていただいています。
ここも土日祝日しか開いていませんが、何時も気持ちよく迎えてくださいます。

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北条も2012年の竜巻被害でかなりの家が壊されたりして悲惨な感じでしたが、今ではすっかり復興されたようで、こうして休みの日にはイベントも時々行われています。
つくばから多くの人が応援に来ています。(ほうじょう市:北条ふれあいまつり)

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この日は表の通りで「抒情歌 のぶ」さんのライブが行われていました。
つくばの方の各地でライブもされているようです。

さて、北条はすぐ裏に「多気山」があります。
そこに鎌倉時代の初めまで常陸平氏の主流であった多気大掾(だいじょう)氏が城を構えていました。
現在の街中に水路がめぐらされているのもこの多気氏(多気太郎=平義幹)が行ったものでした。
しかし小田氏の祖である八田知行による換言で鎌倉に呼び寄せられ、領地を没収され、身柄は駿河国の岡部氏に預けられたのです。

行方市の芹沢に入った芹沢氏はこの多気義幹の血縁で、出生はわからない部分がありますが、相模国の芹沢に住んで「芹沢氏」となり、常陸府中の大掾氏(吉田氏)を補佐するために常陸国に戻されたといわれています。
昨日の萬福寺では多気太郎こと平義幹の子供と書いたのですが、このあたりは少し異なった説がいくつかあるようです。

東国にやってきた平氏は「平氏」であり、平清盛もこの常陸平氏から伊勢に渡った「伊勢平氏」で、頂点に登って「平家」と呼んで区別しています。

どちらにしても北条と石岡はとても関係が深いところですので、北条が元気になればそのうち石岡も元気になることだと思っています。
ここで「ふるさと風の会」の会報が目にとまれば、何故石岡の会報誌がここにあるのだろうなどと知らず知らずに思ってくれる人が1人でもいてくれたらよいと思います。


つくば市北条 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/11/11 07:28
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