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波崎の大タブ

 茨城県神栖市というと皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
茨城の最も南東の市です。

私は仕事柄、以前は鹿島石油コンビナートなどに、時々仕事で訪れていましたので、東京からの鹿島行きのバスが到着する鹿島セントラルホテルが鹿嶋市ではなく神栖市にあると知って驚いたものでした。
そのため、神栖は鹿島コンビナートの入り口というイメージしかありませんでした。

しかし、5~6年ほど前から銚子に行くことが多くなり、この神栖市も通る機会が増えました。
ただ道路も年々良くなり片側3車線の広い道路が起伏やカーブもほとんどなくまっすぐに続きます。
確かに昔のすんでいた人たちの姿を思い浮かべるにはこの道は面白みに欠けます。

私の知り合いなどはあそこは面白くないとも言われます。そう波崎の海岸などに見所もあまり無いように思います。
そこで、今回は少し思い出して以前行ったことのある古木を訪ねました。

何故この木を見たくなったのかというと、この場所が「舎利(しゃり)」という地名の場所にあるからなのです。
舎利ってお釈迦様の遺骨のことですよね。
何故このような地名になったのでしょうか。

この古木は真言宗智山派の「神善寺」という寺の境内にあります。
樹齢はおよそ1000年ほどで、1500年等という説もあります。
茨城県指定の天然記念物で、茨城県内最大のタブの巨木といわれています。

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舎利地区を貫く街道沿いの立つこの寺の門を入ると、めのまえにこの古木が長い枝を延ばした堂々とした姿で迎えてくれます。

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そして、巨木を取り囲むように弘法大師の石像がたくさん置かれており、それも木の方を向いて置かれています。

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この大きなこぶが元気の源であるかのように威厳を保っており、見る人に勇気を与えてくれます。

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地元では大火の時や戦争中も回りは焼けてもこの木は被害を受けず、火災の延焼も防止したとされ、「火伏せの木」として慕われ信仰されています。

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1990年の「国際花と緑の博覧会」の時に選定された「新日本名木100選」の中に、茨城県ではこの波崎の大タブと取手市の「地蔵ケヤキ」の2箇所が選ばれました。

現在寺の裏手には「しゃり保育園」が併設されています。
近くには「みだ保育園」などがあり仏教的色合いが濃い地域に思われます。

神善寺は1056年に高野山の貞祐上人がこの地に開山したと言われていますが、山岳信仰が強い時期に、何故このような平地に建立したのか? 又何故「舎利」という地名がついたのか?

砂地が続くこの地、近くの鹿島灘の浜は「舎利浜」といいます。
寺には平安時代の釈迦涅槃像(絵)があります。(県重要文化財)

神栖 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/11/14 10:27
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