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ふるさと歴史館

 先日、ふるさと風の会の展示会を終了し、石岡小学校となりにある石岡市の「ふるさと歴史館」を訪ねた。
現在舟塚山古墳発掘の展示会を行っていた。

それにしても、この東日本では2番目に大きな古墳といわれる古墳の発掘調査ではあまり見るものがなかったというのは少し悲しい。
この以前民族資料館であったこの建物の名称を「ふるさと歴史館」としてからも、身近にありながらあまり足を運んでいないことに気がついた。

歴史の里石岡にしては何ともさびしい。 他所から来た人にももう少し立派な施設を作る必要を感じている。
そして造るとしても、その施設は市の外に向けて情報を提供する場でなければならず、また明るく開かれて活気のあるものでなければならない。

今の石岡ではとてもこれを望めそうに無い。

先日の訪問では歴史館の事務所に少し入ることが出来て、そこから窓の外を眺めた。

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すぐ前に中世府中城の土塁が広がっている。
そしてその向こうの建物が石岡市民会館だ。

この市民会館も来年3月で閉館となることが決まっている。
雨漏りがひどく、この場所での建替えは断念したようだが、今は予算もなく、壊すこともできないという。
4月以降の利用の予定もまだ決まっていないようだ。

今の市民会館は昭和43年に建てられたので、約50年間以上使われてきたのだが、意外と耐用年数が短いと感じる。
耐震補強しても、雨漏り、空調設備などがかなりひどく、どこかに建て替えたほうが良いと言うことらしい。

元々この場所に建設したことに難点があったものだと思う。
市民会館などというものを国府跡の道路も狭い場所に建設したことに間違いがあった。
陣屋門を移築して数年前に戻したが、これがまた今までのものと似て非なるものを作ってしまった。
石岡市には文化や歴史を直視できる人がいないのだろうか?

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他所から来た私などから見ていると閉鎖されたエリアに内向きの人ばかりが集まっているように思えてならない。
そして人口も減り、じりじりその存在価値をさげていく。

このふるさと歴史観の展示物ではないようだが、事務所の壁に掲げられていた回国六部(六十六部)の日本地図入り石板を書き写した大きな地図が掛けてあった。


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現地に遺されている板碑はよく読めなかったのでとても参考になる。
こんな場所に眠らせておくのはもったいない。

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こちらが現地の板碑。

場所とか情報は私が昔作成した「1300年の歴史の里 石岡ロマン紀行」の下記ページを参照。

 ⇒ 回国六部供養碑


石岡市内 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2019/11/21 10:44
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