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日本語と縄文語(3) 「かぶれ」「かび」

 今回取り上げるのは【ka】がアイヌ語で「表面」とか「上」という言葉から、皮膚の表面にできた「カブレ」という言葉がやはり縄文語だろうということの検証です。

「かぶれ」は皮膚の表面にできた赤い疾患です。そこで、

かぶれ ⇒ 【ka (表面、上)】+【hure (赤い)】  で「かふれ」が「かぶれ」に変化した

このように解釈しないと日本語の「かぶれ」の言葉の語源がわからないのです。
更に検証して、

高知県幡多 で マンジュシャゲ(彼岸花)のことを「カブレ」と呼んでいる。
この彼岸花も南洋植物で北海道(アイヌ圏)にはないという。
という言葉は高知の方言がアイヌ語で理解出来るということになります。
高知県では明治期まで、彼岸花を毒抜きして食用にしていた地域の記録もあるという。

また皮膚に出来る「かぶれ」も宮城・新潟では「カビ」といい、岩手では「垢=あか」ともいうらしい。
これも恐らく「赤」のものを表わしているのだろう。

いっぽう一般につかわれる「カビ」も伊豆大島では「アカ」といい、

かび ⇒ 【ka 表面 mu ふさがる】(アイヌ語で kamu はかぶさるとか覆うという意味)+【i もの】

上の m が b に変化して 【kamui】 ⇒ 【kabui】 となり 「かび」となった。
また別に考えれば 【pi】 は「種子」という意味があり、こちらの p が b に変化したとも考えられる。

さて、「カメ」から検証が始まった生き物の縄文語検証になぜこんな「かぶれ」「かび」などという言葉を鈴木先生は選んだのでしょうか?
理解に苦しんでいると次に「牙(きば)」が出てるるのです。

はたまた?? です。

じっくり読み込んでいくと やっと少し納得できます。
とんでもないことを検証しています。

古事記などの表現で、日本の国の始まりで、まだ国土が整わない時、

葦牙(あしかび)の如く萌(も)え騰(あ)がる物に因(よ)りて成りませる神の名は・・・・

と出てきます。
これは、早春に氷がとけて、そこから葦(あし)の先がとがった角のような芽が突きだす様をあらわしています。

ashikabi1.jpg

葦牙(あしかび)は葦の芽ということで解釈は変わらないのですが、これを「あしかび」と読むことの意味が今も解釈ができていないのです。

その多くのところの説明では、「「かび」はカビ(黴)と同じ語源で、醗酵する、芽吹くといった意味で「葦の芽吹く力強さをその生命力の強さとして神格化した」というような説明になっています。

しかし何故「かび」が「芽」なのでしょうか?
「牙(きば)」が何故「草の牙=芽(め)」という言い方がうまれたのでしょうか?

確かに木や草の芽は先が尖り、牙(きば)と同じような形状です。
特に葦の芽吹きは春先の水辺で天に向かって力強く伸び、生命力を感じさせてくれます。

これを縄文語(主にアイヌ語)から解き明かそうというのでしょう。

牙(きば) ⇒ 【ki(葦)】+【pa(頭)】 で キバ=kibaとなり
i ⇔ a となり、【kiba=キバ ⇒ kabi=かび】となった。


(注: 葦=アシ という呼び名は 【as (立っている)】+【i (~のもの)】と解釈できる。)

これは足にもいえる。足(あし)が加えるという意味の時に 足す(たす)と読むのは何故か?
これもアイヌ語からわかるという。
もちろん 足(アシ) で 立つ(タツ)立ち(タチ)などとも関連し、地名や山の名前などを調べていくと分るという。

足(あし) ⇒ 【as (立つ)】+【i (もの)】 であり、

足す(たす) ⇒ 【tasu】 で s ⇒ t となり 【tatu 立つ】 となった。

こんな解釈をしていくと日本語の由来が見えてくるようです。

まあこれも日本語解明のアプローチの一つでしょう。
どこまでが真実に迫れているかは分りません。

これからのこのような研究が本格化すれば面白いと思います。

日本語と縄文語 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/05/04 10:00
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