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日本語と縄文語(23) 蝦夷はなぜエゾ、エミシか?

アイヌ語で アイヌ人は、【aynu アイヌ = ay 矢、トゲ + nu 持つ】で 矢持ち=狩人 であるから⇒ 男姓を表す言葉ですが、人全般を表す言葉として使われます。

<鈴木健さんの「日本語になった縄文語」の本に書かれている内容を抜粋して載せさせていただきます。>

また一方で、アイヌ語には自分たちを指す言葉として「カイヌ」があります。

カイヌは【ku 弓 + ay 矢 + nu 持つ】で弓矢を持つ人です。

この「アイヌ」と「カイヌ」の使い分けは、縄文時代の昔から仲間同士で呼ぶときは「アイヌ」であり、外と話すときは正式?な「カイヌ」を用いたようです。
この『カイヌ』が 変形し、カイヌ ⇒ カイン ⇒ 『カイ』と変化して呼ばれるようになったものと考えられます。

1411年の明王朝にはサハリンアイヌのことを「苦夷(クイ)」と書かれていました。
これが大和朝廷では『カイ』となり『蝦夷(カイ)』という字をあてたのだ。

そのため、蝦(エビ)などとは関係はなく、「蝦夷(カイ)」はアイヌ語で弓矢のことであった。

659年の遣唐使派遣の際に、「蝦夷、白鹿の皮一つ・弓三つ・矢八十を(唐の)天使に献」とある。
また「新唐書」に669年に「使者、蝦夷人と偕(とも)に朝す。蝦夷また海島(本州のこと)中に居す。その使者髭の長さ四尺ばかり、矢を首に珥(さし)はさみ、人をして瓢(ひさご)を載せて立たしめ、数十歩にして射て中(あた)らざるなし。」とある。
(まるでウィリアム・テルですね)

弓矢に強いのがかれらの特技であり誇りであった。

このため、蝦夷をカイと呼んでいても、「エミシ」と呼ぶことはないと思われる。

ではこの「エミシ」という呼び方はどこから来たのでしょう。

ヤマト側が 「アイヌ aynu」 の 「ay」 が日本語に引き継がれる時に連母音となるため ay(ai)⇒e となり、
【aynu ⇒ enu ⇒ inu(イヌ)やwenu(エヌ)⇒ ennyu ⇒ 奈良時代に呉音から漢音の入れ替えで ny⇒jyの変化ががあり、eminyu エミニュ ⇒ エミジュ ⇒ エミシュ ⇒ エミス ⇒ エミシとなった。
一方 ny ⇒ jy で ennyu はやがてエンジュ ⇒ エンゾ ⇒ エゾとなった。

このため「蝦夷」は「エミシ」「エゾ」と呼ばれるようになった。

多少こじつけられた説明のようにも感じますが、「蝦夷=カイ」がエミシやエゾと呼ばれるようになったことが考えられないという。
少なくともヤマト朝廷の中でその呼び名が固定していったものと思われます。

征夷大将軍でも分かるように「夷=イ」であり、昔から住む現状人たちを呼ぶヤマト側の言葉と言えます。

明治維新で「北海道」の名前を付ける時に、蝦夷地を調査したことで知られる探検家の松浦武四郎は「北加伊道」を提言した。 
この「加伊」はアイヌの事を指したのである。

北海道国郡全図
(当時の北海道全図)

アイヌが自分たち仲間を呼ぶ「カイ」の言葉を残そうと考えたのだろう。


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日本語と縄文語 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/05/24 05:47
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