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石岡の杉並木

 やっとこのブログも1ヶ月目となった。
まあ「継続は・・・・・」とのことで、そのうちに意味を持ってくると思う。
まあそういってもまだやっと1カ月である。
何年も書かれている皆さんはすごいな~などとも思いながら今日も少し書いて行こうと思う。

無題



この写真は旧水戸街道の泉町の一里塚を少しすぎたあたりである。
地名は杉並という。
地元の人には杉並小学校があり、ドラッグストアなども並び比較的にぎやかな通りであるが、本屋さんや回転すし屋さんが撤退して少しさびしくもなってきた感もある。
実はここは旧水戸街道では珍しい杉並木が両側に続いていたのである。
ここ石岡(府中)は松平2万石であり、水戸(徳川)藩とは親戚関係があるので杉並木が許されたという。
一般には杉並木は日光などのように徳川と関係がないとあまり許可されなかったらしい。
 明治~大正にかけて石岡は醸造の大きな煙突が目印であったという。
今では醤油などはすっかり廃れてしまったが、銚子や野田は今でも盛んだ。
何が原因だったのだろうか? 今の石岡の衰退と何か共通点がありそうに思う。
もう少し掘り下げてみてみなければならないだろう。
この写真の手前(一里塚の手前)を少し右に曲がった所に、昔アルコール工場があったが、今はスーパーを中心としたショッピングモールにかわっている。
 ここ杉並の杉並木は通りの両側に続き、遠くからも良く見えたという。
しかし、暗く、追剥まがいの被害などもあったようで、近代化には邪魔と切られてしまった。
確かに明るくなったと思うが、もう少しこの並木の特徴を活かす工夫はなかったのだろうか。
写真の先の方に行くと「茶屋場住宅前」という信号がある。
ここは水戸藩の殿様などが来たときに接待した「茶屋場」があったらしい。
「延齢の松」などというものも歴史に埋もれてしまっているようである。
天狗党の処刑も近くで行われたことなどもあり、イメージを一新したい思いもあるようだが、旧水戸街道の景観を残す場所でもあるのだから、通りの構成などにも少し工夫がほしいと思っている。

suginamiki.jpg


この看板は常磐線の上を跨ぐ旧水戸街道の橋のガードにとりつけられている。

水戸街道 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/09/10 21:34
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