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千葉県の難読地名(13)土気、小食土、土宇など

 <土>がつく千葉県の地名(その一)

土気町  とけちょう 千葉市緑区
小食土町  やさしどちょう  千葉市緑区
五十土町 いかづちちょう  千葉市若葉区
土宇  つちう  市原市


さあ いくつ読めましたか?

千葉難読地名13

意外に「土(つち)」という字がつく地名も複雑です。次回にも続きます。

土気町(とけちょう)、小食土町(やさしどちょう)も今はニュータウンで一部名前の変った場所もあります。
新しい名前は「あすみが丘」などとなりこれでは昔の地名のイメージはつかめませんね。

≪土気(とけ)≫

 上総国山辺郡に属した。内房と外房のほぼ中央に位置し、土気往還により結ばれる。中世には土気城を拠点とした酒井氏がおり、本寿寺などの顕本法華宗の中心となった。ここには土気宿ができ、土気往還の継場で伝馬役をつとめるとともに、九十九里浜から商荷物の輸送が多く、それを巡る争いが繰り返された。(平凡社 千葉県の地名)

地名由来(戦国時代には現在の地名があったと見られている)についてははっきりしないが、次のような説がある

・鐘を打って時を知らせたので、 時計という意味合いからトケの名がついた(『上総国志』)
・大網からの長い峠(とうげ)の「とうけ」が「とけ」となった。(『土気古城再興伝来記』 土気城史保存会編)
(高嶺の中略にして山頂最も高き所をトウケトというが、関東人は略してトウケといい、それがトケになった)
・土気城跡付近は崖や起伏にとんだ地形で、天検要害の地形となっている。これは昔から「峠の庄」と呼ばれており、この言葉が「とけ」なる地名の起こりとなった。(トウゲの庄 → トケの庄)
・周辺には水溶性ガス田があり、天然ガスが湧出する気配のある土地を「土気」と呼んだ。
・鴇(とき)が多かったから
・険しい坂道=嶝嶮(とうけん)から言葉が変化した

などさまざまな説が言われています。でもこの中では「峠」説が一番有力と思われているようです。
ただ漢字表記も「土気」以外に「戸気」「度解」などと表記されることも昔はあったとのこと。

≪小食土(やさしど)≫

「矢指土」「矢指渡」などと表記されたこともあるようだ。

地名由来も諸説あり
・もとは「矢指渡」「矢指土」などの字を使っていたが、海上(うなかみ)郡に同じ「矢指」という村(現旭(あさひ)市)があったため、当時村に住んでいた漢学者の所に相談し、大食の者は蛮カラだが、小食の者は心が優しいから「矢指」を「小食」の字に変えたらどうかと言われて変えた。
・日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国に向かう途中、当地で休息をした。その時村人が献上した間食を尊が召し上がり、この故事により当地を小食土というようになった。(御霊(ごりょう)神社の碑文)
・「や(谷津)・さらし(曝し)・ど(処)」の転訛で湿地のある崩壊地形という意味

などがあります。
最初は「矢指土」「矢指渡」などと書いていたことは間違いなようで、現在の「小食土」と書くことになった経緯はあまり性格とは言えないのでしょう。

全国の「やさし」地名を検索してみました

茨城県北茨城市中郷町小野矢指 イバラキケンキタイバラキシナカゴウチョウオノヤサシ
千葉県千葉市緑区小食土町 チバケンチバシミドリクヤサシドチョウ
神奈川県横浜市旭区矢指町 カナガワケンヨコハマシアサヒクヤサシチョウ


≪五十土 いかづち≫

地名の由来は、
・雷神を祀る鎮守雷(いかづち)神社と関係があると思われる(角川 日本地名大辞典、千葉市の町名考)
 (新潟県魚沼市にも、雷神を祀る神社があり、はじめ雷公村と称したが、のち五十土村・雷土村などと変化したという)
・「いか(厳)・と(処)」の転訛で険しい崖に囲まれた地
などです。

いかづち=雷(かみなり)ですから、この雷神社の存在が大きいようです。
まあ読み方は「イカヅチ神社」でも「ライ神社」でも各地でたくさん使われています。

 他の全国にある「いかづち」地名を拾ってみました。
秋田県由利本荘市五十土 (いかづち)
新潟県柏崎市五十土 (いかづち)
新潟県村上市雷 (いかづち)
新潟県南魚沼市雷土 (いかづち)
などがありました。
ここ千葉県以外に同じ「五十土=いかづち)」が2か所もありました。

≪土宇 (つちう)≫

養老川左岸にあり、地元では「ちちゅう」とも呼び中世には「土宇郷」がありました。
にこの地には、戦国期に大城(おおじろ)がありましたが、この城は古くは「鵜城」とも呼ばれていたそうです。

平安時代の辞書である和名抄に記載されている「土宇郷」地名が最も古いようなので、和名抄に記載の似た地名(郡、郷名)を探してみましょう。

出雲国意宇郡(おうぐん)
備中国都宇郡(つうぐん)
近江国浅井郡津宇郷(つうごう)
安芸国沼田郡都宇郷(つうごう)
備後国沼隈郡津宇郷(つうごう)
周防国玖珂郡由宇郷(ゆうごう)

上に記載のある「津宇郷」については「津之郷」などとの記載もあり、「「宇(う)」は「之(の)」と同義と思われます。
この「之」は場所を示す程度の意味でしょう。
または地名を好字2文字にするようにお達しがあった時に一字であった地名に追加したものか。

津宇郷: 津(つ)は湊を意味する言葉であるから 湊のある郷の意か。
由宇郷: 温泉地であり、湯の郷 の意か。
都宇郡、都宇郷: これも津(湊)に関すると思われる。ただそれも中心的な大きな湊を表したものかもしれません。
意宇郡: 『出雲国風土記』が伝えるところによれば、「八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)」が国引きの大仕事を終えた際に「国引きを意恵(「おえ」、終わるの意味)」と言ったことから「意恵郡」のち「意宇郡」と呼ぶようになったという(Wikipedia)

では「土宇=土之」とはどんな意味でしょうか? 
これは良くわかりません。
でも考えているとわかるのかもしれませんね。


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千葉の難読地名 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2020/06/14 05:24
コメント
No title
土気は読みにくい地名ではありませんが、こちらに引っ越した時には、変わった名前だなという印象が強かったです。自転車でいくと、この先でストンと落ちていき峠とい意味もわかるような気がしました。あそこにはホキ美術館という写実派の絵を集めた美術館があります。
kincyanさん
 身近にある地名も昔の地形からついた名前が結構多いのですが、行ったことがない場所は想像するしかないありません。
やはり体感としてその名前がぴったりするかどうかですよね。ホキ美術館という名前は聞いたことがあります。

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