タバッコ峠

 先日でかけた常陸大宮市の美和から大子町へ抜ける山の市境に変わった名前の峠があります。
現地にいっても何の変哲もない普通の峠で、市や町の境を示す標識はありますが、峠の名前を示す標識はありません。
北海道を除けば峠の名前にカタカナを使っている場所は多くは無いでしょう。この「タバッコ峠」と神奈川県の「ヤビツ峠」くらいではないでしょうか?

ヤビツ峠は「矢櫃峠」と書く場合もあるようですが、矢の入った櫃が発見されたなどといういかがわしい説明があるのと同じく、この峠にも弘法大師が峠でタバコを一服し、腰かけた石があったのでこのような名前がついたとの解釈や、タバコの栽培が盛んであったとのことからついたのではないかという解釈がなされています。

しかし、わたしはどちらもアイヌ語説を信じています。
昨年のブログで美浦村の少しさきにある「古渡」という地名が「フット」と読むことがアイヌ語からきているのだろうと書いたことがありますが、このタバッコもアイヌ語=縄文語であろうと思います。
山の鞍部が峠であり、「タワ」「トウ」などという縄文語が日本語の「たわむ、たわわに実る」などの言葉の元になったということを考えれば、タバッコも単に峠を指す言葉が残ったのでしょう。

ヤビツ峠は神奈川県の大山(おおやま)の麓で秦市です。秦氏との関係も興味がある地区です。アイヌ語というよりも朝鮮語かもしれません。
ヤビツ峠の近くには「名古木」と書いて「ながぬき」と読む地名があります。これも関係がるのかも知っれませんね。

水戸の「木葉下」で「アボッケ」と読むのと共通するかもしれません。

P1010051s.jpg

「タバッコ峠」は、旧美和町の高部から大子町の栃原(昔に金山があった)へ行く時に通る山越えの峠です。
峠越えをするときに、私の車の前に木材を載せたトラックが走っていました。


P1010052s.jpg

山の先の大子町の山側には今でも製材所がありました。

P1010053s.jpg

峠には「常陸大宮市」と大子町の境を示す標識があるのみです。

P1010054s.jpg

峠の山桜です。何もないのですがホッとしますね。

P1010055s.jpg

常陸大宮市側の通りです。一週間前の桜のまだ咲いていた時です。今はもう散ってしまったでしょうか?
大子町は袋田の滝で有名ですが、地震後鉄道(水郡線)もなかなか復旧せずに、観光客場激減だそうです。
今は鉄道も復旧しましたが、観光も厳しいでしょうね。
私は、大子町のコンニャク製造農家へ時々行っています。

とっても美味しいコンニャクで、刺身で食べても美味しいので、都会なら高く売れるでしょう。 (^。^)~
 

地名 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/04/26 18:30
コメント
No title
こんにちは、
タバッコ峠は知りませんでした。
それにもましてアイヌが語源?って
それこそ無数にあってホントに興味深いです。
Re: No title
kurokenさん
こんにちは。
名前の読み方がわからないとみな縄文語(アイヌ語)ではないかと思ってしまいます。
でも大概はこれが正解と思うことが多いです。
でもこれは一般の歴史の先生と称する人には受け入れられないですね。
私達の歴史の教科書に大和朝廷や藤原氏が仕組んだ嘘が多いと思い始めると、歴史学者
という権力者の見方が狭いのが気になり始めます。
一度手にした名声のため、学校の先生などは自分の考えが間違っていたとしても訂正しないようです。
融通のきかない、世の中では通用しない人が教育委員会という大きな組織には多いのは困りものです。
頭が硬くてお話にならないですよ。
昔縄文人が住んでいたのを追いだしたのですが、まったく話がかみ合いません。
No title
タバッコ峠と言う名称は隣町の栃木県那珂川町にもあります。
茨城県との県境地区(具体的には大山田という地区)です。
隣は茨城県?なのでやはり由来はアイヌ語からかとおもいます。
なお、小生がすんでいる同町の久那瀬ーくなせーはアイヌ語の三本の川が
集まるところというのが語原だと言い伝いられています。
なお、大子町まちにも久野瀬ーくのせーという地名がありますが由来は
アイヌ語なのかもしれません。
高山様
お返事遅くなり失礼しました。
気が付くのが遅くなってしまって・・・。

貴重な情報ありがとうございます。
タバッコ峠がもう一つあったとは知りませんでした。驚きです。
アイヌ語というよりも古代の縄文人の言葉だったのかもしれませんね。
アイヌには今もこのころの言葉が踏襲されているのでしょう。

各地の地名に残っているのも不思議ですね。

いろいろ考えさせられます。

またお便りいただけたら嬉しいです。

管理者のみに表示