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千葉の難読地名(57) 安食卜杭 酒直卜杭

≪安食 あじき≫ (印旛郡)栄町
≪酒直 さかなお≫ (印旛郡)栄町
≪安食卜杭 あじきぼっくい≫ 印西市
≪酒直卜杭 さかなおぼっくい≫ 印西市
 

 (その他:安食台、安食卜杭新田・・・ 栄町)

千葉難読地名57



 栄町と印西市は、印旛沼と利根川をつなぐ「長門川」を挟んで隣り合っている。
そして、この周辺は江戸時代の干拓で田が耕作された。

栄町の「安食(あじき)」および「酒直(さかなお)」は古くからあるちめいであり、印西市側の新田開発地区には「安食卜杭(あじきぼっくい)」「酒直卜杭(さかなおぼっくい)」と名がつけられた。


≪安食  あじき≫  (印旛郡)栄町

古くは川﨑村と称されたという(勝田文書)。また、永禄9年~11年(1566~1568)頃の書状に「あち木」と書かれた場所がこの地ではないかともいう。(平凡社 千葉県の地名)

地名由来は、角川の日本の地名大辞典には、「仁平元年たびかさなる水害で飢えた人々が五穀神をまつって駒形神社を創建したところ、翌年大豊作となり、以降食に安んずるようになったことにちなむという。(佐倉風土記)」と書かれている。

ただこれは一つの説であって、あまり確実ではない。それは同じ地名が全国にいくつもあるからでもある。
茨城の難読地名にも書いたが、ここでもう一度書いておく。

<安食 地名>
(あじき)
茨城県つくば市安食 あじき
岐阜県岐阜市安食 あじき
岐阜県岐阜市安食志良古 あじきしらこ
(あんじき)
茨城県かすみがうら市安食  あんじき
滋賀県彦根市安食中町    あんじきなかまち
滋賀県犬上郡豊郷町安食西  あんじきにし
滋賀県犬上郡豊郷町安食南  あんじきみなみ

<地名の由来説>
(1)、飢餓があった時でも安心して食べられる場所という説
(2)、アジ(崖)、キ(処)という意味で、アイヌ語由来の崖地の意味とする説
(3)、安食地名の(あんじき)中の滋賀県犬上郡豊郷町にある「阿自岐神社(あじきじんじゃ)」がその名前の元になっているとする説

特にこの(3)の説にちゅうもくしています。
この豊郷町にある「阿自岐神社(あじきじんじゃ)」はかなり古い神社で、1500年前の名園が残されているといわれています。
神社に祀られているのは古事記などに登場する「阿遅鉏高彦根命(アジスキタカヒコネノミコト)」です。
阿治志貴高日子根、味耜高彦根などとも書きます。
この神様は、大国主神と宗像三女神のタキリビメの間の子供とされ、日本の神の中では素性の良くわからない謎の多い神とされています。
詳細はここでは省きますが、この神社の説明によれば、 この場所は、応神天皇の頃(5世紀頃か?)百済から渡来人であるアジキ氏が住んだところとされ、そのアジキ氏が祖先を祀るために阿自岐(あじき)神社が建立されたといわれています。
池泉多島式と呼ばれる古式庭園の中に社殿はが鎮座しています。
この庭園は周辺の田畑を灌漑する用水池を原型とし、これを荘厳したしたものと考えられていますが、別な言い伝えでは、日本に漢字を伝えた王仁(わに)氏を招いて庭園を造ったとも言われています。
王仁(わに)氏は日本書紀や古事記に登場する百済から日本にやってきた渡来人で、日本に『論語』『千字文』(儒教と漢字)を日本に伝えたとされる人物です。
地名としての「安食(アジキ)」はこの「阿自岐(アジキ)氏」が由来というわけですが、何しろ5世紀頃の話ですので、明確にはわからないといったところでしょう。
しかし、この滋賀県豊郷町は「近江商人(おうみしょうにん)」発祥の地とも言われる街です。
この近江商人が「三方よし(売り手によし、買い手によし、世間によし)」を商売の心得として説き、各地を行商して歩き、商売の基本が広がりました。
このアジキ、アンジキ地名もその近江商人と関係があるのかもしれません。
また古事記などでは「アジ」=「可美しき(うましき)」と同意語として使われていますので、「アジキ」の「アジ」には美しいというような意味が込められていたのかもしれません。

≪酒直 さかなお≫ (印旛郡)栄町

天正7年(1579)の龍角寺文書に酒直郷とある。
古くは龍角寺と一郷であったともいう。
龍角寺に伝わる伝説は、「印旛沼の主の龍が、旱魃で苦しむ民に竜王の許しを得ずに雨を降らせ、民を救った。
しかし、自らは頭、腹、尾に裂けて天から降った。その頭を葬った場所が「龍角寺」だという。その他「龍腹寺」「龍尾寺」がある。」
というものだ。

酒直の地名由来は、【酒=さか=坂(傾斜地)】+【直=なほ=なだらかな、または波端(ナミハ)の転)】か。

≪安食卜杭 あじきぼっくい≫ 印西市

≪酒直卜杭 さかなおぼっくい≫ 印西市


【卜杭(ぼっくい)】は「棒杭」のことで、「焼けボックイに火がついた」という時に使われるボックイ=棒杭(木杭)のことです。
「卜」はカタカナのトではなく、卜う(占う)という字です。
安食(あじき)あたりはかなり古くから人が住んでいた場所ですが、江戸時代の寛文年間(1661-1673年)に印旛沼周辺の開拓が行われて新田開発された場所です。
その昔、かなり沼地だったのでしょう。それを長い棒杭(ぼっくい)を境界に打ち込んで土を盛って耕作出来る場所に開拓したとおもわれます。
この江戸時代の開拓で、「安食村卜杭野」と呼ばれていたようですが、この開拓の前から「卜杭野」と呼ばれていたようですので、たびたび起こる洪水のために棒杭を打ち込んで洪水を防止することをやっていた場所なのかもしれません。
ただ、「卜」(うらない)という字が使われていますのですこし違った意味合いがあった可能性もありますが、もともと「棒」という字も「木を奉じる」と書くように手で捧げられるほどの長さの木片を指す言葉ですから、これが「卜」と同じような意味合いを持っていたとも考えられます。
(これは、茨城の難読地名として稲敷市の「卜杭」地名に書いた内容です。)


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千葉の難読地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/07/12 12:27
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