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伊豆河津町の気になる話

(備忘録です)

伊豆の河津町は早咲きの桜(河津桜)が有名で早春に訪れる人も多い場所ですが、ここを流れる川は、伊豆の踊り子で知られる天城峠近くから河津七滝(ななだる)を経由して流れています。
この河津町の桜並木の近くに栖足寺(せいそくじ)という寺があり、ここに河童のかめ(甕)といわれる甕(壷)があります。

河童の壺

もうご存知の方も多いかもしれませんが、この壷にまつわる河童の伝説を紹介します。

「むかし、栖足寺の裏を流れる河津川の淵に、河童がすんでおり、この河童が水あびをしている子どもの足を引っぱるなどのいたずらをして村人をこまらせていました。
ある夏の夕方、村人たちが寺の裏の川で馬を洗っていたところ、馬が急にいななき、うしろあしを高くけり上げました。
よく見ると馬のしっぽにうわさの河童がしがみついていました。
「河童だ、河童がいるぞ」とさけぶと、近くにいた村人たちが集まってきて、河童を捕えて、棒きれでたたき始めました。
ちょうどそこへ、栖足寺の和尚さんが帰ってきました。和尚さんは村人たちがさわいでいるのを見て、村人たちを諭し、村人達も河童を和尚さんにあずけました。
和尚さんは村人たちがいなくなると、「もう悪さをするなよ」といって、河童をにがしてやりました。
その晩のこと、和尚さんは誰かが庫裏の戸をたたく音で目をさましました。戸をあけてみると月あかりの中に昼間の河童が立っていました。
河童は、「昼間は助けていただきありがとうございました。このつぼはお礼のしるしです」といって、丸い大きなつぼを縁側におきました。
「このつぼに河津川のせせらぎを封じ込めました。つぼの口に耳をあてると、水の流れる音がします。
水の音が聞こえたら、わたしがどこかで生きていると思ってください。和尚さまもどうぞお元気で」といって、河童は立ち去りました。

それから、今でも耳をあてると、河津川のせせらぎが不思議と聞こえ、この水の流れの音を聞くと心も洗われると言われています。

この栖足寺(せいそくじ)は鎌倉時代の1319年に下総総倉(佐倉?)の城主千葉勝正の第三子である徳瓊覚照禅師により開山した禅寺と言われていますが、この栖足(せいそく)は8世紀半ばから9世紀始めの中国 唐の禅僧「百丈懐海(ひゃくじょう えかい)」の言葉、「幽栖常ニ足ルコトヲ知ル」の句より栖足の二文字をとったものといわれています。幽栖(ゆうせい)とは俗世間から離れてひっそりと暮らすことを意味します。

寺には河童のグッツや河童が逃げ込んだ井戸などもあるようです。

今世の中に自己中心的な考え方が広がり、争いごとも増えているように思われます。
ささいな争いから戦争なども起こるものであり、誰も望まない方向に向かわないようにこの河童のかめ(甕)に閉じ込められたせせらぎの音を聞きにコロナが収束したら出かけて見たいですね。
ただ、この甕の見学には予約が必要なようです。

実は、この甕の底には祖母懐(うばのふところ)」「加藤四郎左衛門」と記されています。
これは、愛知県瀬戸市祖母懐町で、室町、鎌倉時代の陶祖、加藤四郎左衛門景正(藤四郎)の茶壷だそうです。

 この河童の寺「栖足寺」から伊豆急行線に沿って西に1~1.5kmほど行った所に「南禅寺(なぜんじ)」という寺があります。

この寺の前身として749年に行基が創立したという「那蘭陀寺(ならんだじ)」という寺がありました。
それが室町時代の1432年に起こった山崩れによりお寺の堂宇やそこに安置されていた平安時代に製作されたという多くの仏像が埋没してしまったのです。
そして、それらの仏像を1541年に掘り出して、お堂を作って安置したのです。
そして寺の名前は「ならんだじ」がなまって「なぜんじ」となり、南禅寺となったなどともいわれています。

しかし、これらの仏像は静岡県で最も古い平安時代の仏像ですが、あまり知られておらず、1978年にドイツ、スイスなどヨーロッパ各地の展示会に出展されました。
そして中でも二つの天部の像(四天王像とも)は各地で驚きをもって迎えられたといいます。

ヨーロッパではミケランジェロなどルネッサンスの彫刻に見られる身体のひねりなどの表現方法が、東洋の外れの日本で、その400年ほど前にすでに、これらの仏像表現に取り入れられていたからだと思います。
日本ではその後運慶・快慶などの仏師によりさらに磨かれていきますが、日本のこのような田舎に土に埋もれて眠っていたと知って驚いたものと考えられます。

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腕などはなくなっていますが今もその魅力は充分残されています。

この南禅寺では寺の一角に「伊豆ならんだの里 河津平安の仏像展示館」を2013年にオープンさせました。

コロナウイルスの影響で展示館は閉館となっていましたが、本日9月19日から開館開始されました。

私は、何故この場所に静岡県で最も古い平安仏があるのか? 人の流れが当時どのようであったのかなど興味を持っています。

番外編 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/09/19 14:24
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