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岩崎堰(久慈川)

 袋田の滝方面から水戸方面に水郡線に沿って南下し、山方宿を過ぎたあたりに「岩崎堰」の看板が見えて。
何度も通っていた道だが、今までこの存在に気がつかなかった。
コメりのホームセンターがある裏側だが、少し通り過ぎて戻ってみた。

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この水戸藩の久慈川や那珂川流域では、江戸時代初期に大干ばつがあり、これを契機に灌漑用水を確保するために久慈川や那珂川に堰(せき)を作って川から農業用水を引く計画が実施されたという。

この久慈川ではこの岩崎地区と少し下流の辰ノ口にそれぞれ、1652年、1650年にそれぞれ固定式の堰が設けられました。
堰作りを任されたのは、鉱山技術者であった永田茂衛門という人が選ばれたそうです。

茂衛門は、これにより、この地域の旱魃を救った「那珂川・久慈川沿岸灌漑の父」と呼ばれているそうです。


ただ、現在のこの岩崎堰は可動式で、季節や水量により堰き止める高さが調整できるようになっています。
可動堰への改修には、平成元年から平成8年の工事期間がかかったとなっていました。

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堰で堰き止められた水は、写真手前の岩崎用水へ導かれて、農業用の水に使われます。
これにより干ばつでの水不足が解消されたようです。

ただこの上流側では昨年も大きな洪水被害が出て、水郡線の鉄橋も流されたことは記憶に新しいものとなっています。
普段は奥久慈の清流として知られる風光明媚な地域ですが、昨年の大型台風19号のような被害がまたでないような対策も必要です。水郡線は今も一部でバスの代行運転が行われています。

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可動堰の上はこのように生活道路の橋として使われています。
車も通れる幅です。

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岩崎堰

(環境百科 久慈川 第4章 久慈川の利水 より転載)

この場所のすぐ南側に常陸太田の道の駅があります。
矢張り結構多くの車が来ていました。



常陸大宮・太田 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/10/25 11:00
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