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頭白上人の五輪供養塔(3)

 飴玉ゆうれい伝説を持つ「頭白上人」が母親の供養のために造ったとされる巨大な五輪塔。
これが茨城県土浦市(旧新治村)石崎にある。
ここまで2回にわたって少し調べてきたが、もう少しだけ追加記事を残しておきたい。

それは、この五輪塔が置かれている金嶽(こんたけ)神社がどのような社であったのかということ。

頭白上人は伝説では、墓の中から拾われて、寺に預けられ、その後成人して有名な高僧になったとされています。


生まれが墓の中かどうかは伝説ですので、今は置いておくとして、預けられた寺は つくば市小田にある 解脱寺という寺ともいわれていますが、その他の説もあるようです。

この解脱寺(げだつじ)は現在浄土宗ですが、昔は天台宗だったそうです。
天台宗は最澄(伝教大師)が開いた山岳信仰(修験道)の色合いが濃い宗派であり、空海(弘法大師)の流れをくんでいる。
総本山は比叡山延暦寺だ。

頭白上人は天台宗の僧といわれています。

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このつくばの採石場の隣に移された金嶽(こんたけ)神社は、神社の鳥居と社殿以外に、もう一つ山のようなものを築いて祠が祀られている。

これは何を意味するのだろう。

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まず並んで2つの石塔が安置されている。

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右側の塔は、よく像がわからなくなっているが、どうやら庚申塔のようだ。
下には三猿が彫られていたのかもしれない。

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左側の石碑には、恐らくこの右の石塔の説明ではないかと思う。
書かれているのは、この庚申塔が県道路の改修工事(昭和59年?)の時に撤去され、この場所に移したという事らしい。

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こちらの像についての説明はないが、やはり近くから移されたようだ。
恐らくは道祖神的な村角や道角などに置かれていたものだろう。

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さて、この一番上におかれている石祠はかなり大きくて、立派だ。
念仏供養塔?

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この一番上の祠の左側にある説明用の石碑には
「奉 供養地蔵念仏・・・」と彫られていた。

ただ、やはり蔵王大権現を祀っているように思われる。

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ただ、祠の上の石の形などをみれば供養塔なのかもしれない。
あまり詳しくないので、またわかったところで追加しよう。

この隣の山が砕石場になったのはかなり古い。

近くの宝篋山や麓の小田地区には、鎌倉時代に忍性(にんしょう)が極楽寺を建てていますが、その時に西大寺系の石工集団が一緒にやって来て、多くの板碑や宝篋印塔などがつくられたとされています。
筑波花崗岩や筑波変成岩(砂質・泥質ホルンフェルスが多く使われており、この石像などのその流れなのかもしれません。
また、東城寺(東成寺)や山ノ荘地域など、少しこの一体を纏めて眺めてみる必要がありそうです。



筑波・土浦・牛久地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/12/10 11:17
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