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庚申塔(9) 大光寺 照明院(茨城県鉾田市)白鳥の里

茨城、千葉方面に残る庚申塔を紹介しています。

また、これは民間信仰として各地に根付いているもので、今でもつづけられているところもあるかもしれません。
ただ、この地域を歩き回って、気がついたものだけを拾い集めて写真などをUPしていますが、少し古代のそれぞれの地域についても知っていることなどを交えながら紹介していきたいと思っています。
ここでの紹介内容は、庚申塔や庚申講などの行事に直接関係しないものが多いと思いますが、何かが見えてくるかもしれませんのでご容赦ください。

 今回は茨城県鉾田市の旧太陽村の「白鳥の里」と呼ばれる場所におかれていた庚申塔です。

この「白鳥の里」というのは、常陸国風土記に記載されている昔話がその名前の由来ですが、まだ律令制の国家が成立する前の4世紀頃の話として書かれている。

「郡家の北三十里のところに、白鳥の里がある。昔、伊久米の天皇(垂仁天皇)の御世に、天より飛び来たった白鳥があった。朝に舞ひ降りて来て、乙女の姿となり、小石を拾ひ集めて、池の堤を少しづつ築き、夕べにはふたたび昇り帰って行くのだが、少し築いてはすぐ崩れて、いたづらに月日はかさむばかりだった。さうしてこの乙女らは、

  白鳥の 羽が堤を つつむとも あらふ真白き 羽壊え
(小石を集めて池の堤を作らうとしても、白鳥の羽を抜いて積み上げるやうなもので、この真白き羽はすっかり損はれてしまった。)

 かう歌ひ残して天に舞ひ昇り、ふたたび舞ひ降りてくることはなかった。このいはれにより、白鳥の郷と名付けられた。(口訳・常陸国風土記 より)」

このように水を貯える堤を築くときに、空から舞い降りた白鳥が娘に姿を変え、築いては直ぐに崩れ、なかなか堤を築く事ができなかったという話しです。

まるで白鳥は泥だらけになり、羽を抜いて築いているようだ・・・・
でも築き上げることが出来ずに飛び去った・・・・

何処か悲しいお話ですね。

時代は、国造りのために、各地でこのように稲作などの灌漑用の堤を築こうと懸命に号令をかけていた時代です。

その白鳥が堤を築こうとしていた場所の推定地の一つが、この「天台宗白鳥山大光寺 照明院」です。
(他にも鉾田市札にある「白鳥山普門寺」地域も候補の一つです。)

無住の寺ですが、寺の入口前の道路わきに庚申塔があります。

koushin081.jpg

正面金剛に踏みつけられた邪鬼の表情がなんともかわいらしいと思います。
また、その下に三猿は描かれていません。

koushin082.jpg

この像の隣りには「庚申塔」(惣村講中)と文字が彫られた石塔が置かれていました。


庚申塔 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/02/06 13:53
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