デコポン、ザボンなど
昨日の土曜日は「ふるさと風の会」の会報178号の印刷日。
あと2回で180号となり、15年間の発行になる。
10年前には東日本大震災がおこり、その半年前にこのブログを開設した。
その頃から時々このふるさと風の会の集会に無会員のまま時々お話し会などにお邪魔していた。
正式に会員になったのは2011年の9月頃。
ブログも毎日書くと始めて1年を過ぎた頃だ。
何処まで続けていけるのか未だ不安が頭をよぎる。
印刷機も大分古い中古を入れて、15年までもてば、後はいつ壊れても・・・・
壊れたら、そこでやめるもよし、ネット印刷などの別な手段に変更するのも良いかなどと思ってきた。
でもそれはきっと突然やってくるのだろう。
心配してもなるようにしかならないので、私だけが心配してもしょうがないので心の準備だけしておく事にしよう。
昨日朝、印刷を始める前に、1年前にお亡くなりになったSさん方から、皆さんへといってデコポンとお菓子を頂いた。

この不細工なデコポンも 熊本の宇城地方で品種改良されたものというが、最初は人気も無かったという。
でも甘さもまし、「不知火(しらぬい)」という品種名の愛称を「デコポン」としたことから全国的に有名になったものだという。
おかしなものだ、この形からは「出べそ」・・・・など、いろいろ想像されてしまうが、おでこ+ポンカンが語源らしい。
最近は「おでこちゃん」などとの呼び名もあるようだ。
さて、私が此の記事を書こうと思い立ったのは、デコポンもこの北のほうの茨城でも栽培されているのかなどと考えたことで、少し違った「ザボン」が筑波山麓でも栽培されていた事が有るらいいという記事を昔、ブログで読んだ記憶が蘇ったからだ。
それは室生犀星が書いた詩がある。
<筑波山の山ふところ>
其処には見事なザボンが
暖かい青青したいろを湛へて
どっしりと重く
日をあびながら実ってゐた
本当に立派だ
大きい果実のもつ強い力が
すぐさま快適に
どっしりとやって来る
むしろそれは大きさの迫る力だ
暖かな山ふところに
静かな日の光をあびながら
この果実の太った心も今はわかる
この土地の温かみを感じるだけでも
彼の微妙な生育がわかる
若いむすめのやうに肥り込んでゐるのだ
その大きなやつを一つ
しっかり抱いて東京へ帰へる
この詩は室生犀星が、筑波山の麓、真壁の伝正寺温泉(桜井館)に滞在していた時に見た光景をうたったものと思われる。
桜井館は温泉というより鉱泉で、山人などが利用していた旅館で、芥川龍之介なども逗留していたといわれている。
此の辺りは、比較的小粒のみかん「筑波みかん」を栽培している農家は多いが、この南国の大きな「ザボン」(ブンタン)は、余り見かけたことは無い。
しかし、この詩は、ザボン好きで知られる室生犀星が確かに見た光景であったという。
それを捜して、此の地方を訪れたという方がブログを書かれていて、以前何処かで読んだのだが、何処にあったのか・・・・
時間をかければ捜す事はできそうだが、ここは少し手を抜き、その方には申し訳ないが、記憶で書かれた内容を書くと、
確かに昔、ザボンを栽培していたという農家の方を見つけ、話を伺ったという。
今はザボンは栽培していないで、別な種類の果物を栽培していると確か書かれていた。
確かにこの大きな南国のザボンがこの筑波山北側の真壁地区で栽培されていた風景を想像すると
「若いむすめのやうに肥り込んでゐる・・・」
などとつい言ってしまいたくなりそうだ。
また、この伝正寺温泉には10年以上前に夫婦で行った記憶がある。
今は旅館も確かきれいに改築されたと思うが、当時は山人、釣り人などが利用する温泉宿で、鉱泉のため、確か温泉を沸かして風呂に提供されていた。
私たちが入浴を申し出ると、男湯と女湯があるが、「お二人で女湯?(少し大きい)へよければどうぞ」などと言われる。
風呂から上ると、休憩室で熱いお茶を出していただき、なんかホッとする温泉宿であった。

風呂の壁には鉄平石?」などで立派な筑波山の風景が描かれていた。
あと2回で180号となり、15年間の発行になる。
10年前には東日本大震災がおこり、その半年前にこのブログを開設した。
その頃から時々このふるさと風の会の集会に無会員のまま時々お話し会などにお邪魔していた。
正式に会員になったのは2011年の9月頃。
ブログも毎日書くと始めて1年を過ぎた頃だ。
何処まで続けていけるのか未だ不安が頭をよぎる。
印刷機も大分古い中古を入れて、15年までもてば、後はいつ壊れても・・・・
壊れたら、そこでやめるもよし、ネット印刷などの別な手段に変更するのも良いかなどと思ってきた。
でもそれはきっと突然やってくるのだろう。
心配してもなるようにしかならないので、私だけが心配してもしょうがないので心の準備だけしておく事にしよう。
昨日朝、印刷を始める前に、1年前にお亡くなりになったSさん方から、皆さんへといってデコポンとお菓子を頂いた。

この不細工なデコポンも 熊本の宇城地方で品種改良されたものというが、最初は人気も無かったという。
でも甘さもまし、「不知火(しらぬい)」という品種名の愛称を「デコポン」としたことから全国的に有名になったものだという。
おかしなものだ、この形からは「出べそ」・・・・など、いろいろ想像されてしまうが、おでこ+ポンカンが語源らしい。
最近は「おでこちゃん」などとの呼び名もあるようだ。
さて、私が此の記事を書こうと思い立ったのは、デコポンもこの北のほうの茨城でも栽培されているのかなどと考えたことで、少し違った「ザボン」が筑波山麓でも栽培されていた事が有るらいいという記事を昔、ブログで読んだ記憶が蘇ったからだ。
それは室生犀星が書いた詩がある。
<筑波山の山ふところ>
其処には見事なザボンが
暖かい青青したいろを湛へて
どっしりと重く
日をあびながら実ってゐた
本当に立派だ
大きい果実のもつ強い力が
すぐさま快適に
どっしりとやって来る
むしろそれは大きさの迫る力だ
暖かな山ふところに
静かな日の光をあびながら
この果実の太った心も今はわかる
この土地の温かみを感じるだけでも
彼の微妙な生育がわかる
若いむすめのやうに肥り込んでゐるのだ
その大きなやつを一つ
しっかり抱いて東京へ帰へる
この詩は室生犀星が、筑波山の麓、真壁の伝正寺温泉(桜井館)に滞在していた時に見た光景をうたったものと思われる。
桜井館は温泉というより鉱泉で、山人などが利用していた旅館で、芥川龍之介なども逗留していたといわれている。
此の辺りは、比較的小粒のみかん「筑波みかん」を栽培している農家は多いが、この南国の大きな「ザボン」(ブンタン)は、余り見かけたことは無い。
しかし、この詩は、ザボン好きで知られる室生犀星が確かに見た光景であったという。
それを捜して、此の地方を訪れたという方がブログを書かれていて、以前何処かで読んだのだが、何処にあったのか・・・・
時間をかければ捜す事はできそうだが、ここは少し手を抜き、その方には申し訳ないが、記憶で書かれた内容を書くと、
確かに昔、ザボンを栽培していたという農家の方を見つけ、話を伺ったという。
今はザボンは栽培していないで、別な種類の果物を栽培していると確か書かれていた。
確かにこの大きな南国のザボンがこの筑波山北側の真壁地区で栽培されていた風景を想像すると
「若いむすめのやうに肥り込んでゐる・・・」
などとつい言ってしまいたくなりそうだ。
また、この伝正寺温泉には10年以上前に夫婦で行った記憶がある。
今は旅館も確かきれいに改築されたと思うが、当時は山人、釣り人などが利用する温泉宿で、鉱泉のため、確か温泉を沸かして風呂に提供されていた。
私たちが入浴を申し出ると、男湯と女湯があるが、「お二人で女湯?(少し大きい)へよければどうぞ」などと言われる。
風呂から上ると、休憩室で熱いお茶を出していただき、なんかホッとする温泉宿であった。

風呂の壁には鉄平石?」などで立派な筑波山の風景が描かれていた。
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