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水雲問答(8) 周易

これは江戸時代の(長崎)平戸藩の藩主であった松浦静山公が晩年の20年間に毎日書き残した随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」に書かれている2人の手紙による問答集を理解しようとする試みです。

雲:白雲山人・板倉綽山(しゃくざん)1785~1820年 上州安中の藩主
水:墨水漁翁・林述斎(じゅっさい):1768~1841年 儒学者で林家(幕府の大学頭)中興の祖
松浦静山・松浦 清 :1760~1841年

水雲問答8

水雲問答(8) 周易

<雲>
 『周易』は熱読し仕り候所、大(おおい)に処世の妙これに有りやに存候。
『易』を知らざれば季世には処し難しと存候。

(訳)
 『周易』(紀元前の中国周王朝時代の書物に書かれた占い術から時代を経て、儒教の経典にもなった易経)を熟読しておりましたが、この書は実に処世術に必要なことがたくさんあると思います。
この『易』(儒教的な解釈)を知らなければ、季世(これからの世)は処しがたいと思います。


<水>
 『易』は季世の書とは申し難し。盛世季運いずれの時とても、天人の道『易』にはづれ候ことはこれ無しに候。先づ「程伝」にて天と人との同一道理をとくと考え給ふべし。

以上のご質問、あらかた答え申し上げ候。大分とおん尋ね方、力相見へ、はなはだ珍重仕(つかまつり)候。読書空言の為ならずして、実践の方に深く習い候の徴(しるし)相見へ申し候。折角ご勉励の程、お祝いいたし候。
謹言。 二十日夜雨、燈火にて書す。<以上、戊辰(ぼしん:1808年)の秋、予が都下にいる時の問答>

(訳)
 「易」についてはこれからの世の処世の書とまでは言えないでしょう。
盛世季運(国が盛んな時代や未来の運)いずれの時といえども、天人の道『易』から外れることは無いでしょう。
まず易の解釈としては、 宋代に程頤 (ていい)が書いた「(易)程伝」《易経の注釈書》を読んで、天と人との同一道理をよくお考え下さい。

以上のご質問、あらかた答えいたしました。貴殿の問いは、勉学の力がついてきているのが見え、大層結構なことと思われます。読書が空言(空論)のためでなく、実践の方向に深く向かっている徴(しるし)が見えてきました。苦労されて勉学に励まれておられることを、お祝いいたしましょう。

 謹言(謹んで申し上げる)。 二十日夜雨、燈火にて書す。
<以上、戊辰(ぼしん:1808年)の秋、予が都下にいる時の問答>


水雲問答 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/03/16 17:45
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