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水雲問答(16) 大功を成す大臣

  これは江戸時代の(長崎)平戸藩の藩主であった松浦静山公が晩年の20年間に毎日書き残した随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」に書かれている2人の手紙による問答集を理解しようとする試みです。

雲:白雲山人・板倉綽山(しゃくざん)1785~1820年 上州安中の藩主
水:墨水漁翁・林述斎(じゅっさい):1768~1841年 儒学者で林家(幕府の大学頭)中興の祖
松浦静山・松浦 清 :1760~1841年

水雲問答16

水雲問答(16) 大功を成す大臣

雲:
 大臣の大功を成就仕候人、率(おおむ)ね忠厚にして大事を断じ申候人やに候。漢の霍光(かくこう)、宋の韓琦(かんき)の類(たぐい)に候。何れ忠厚の二字、人臣の忘るべからざる者と存候。浮薄(ふはく)の輩は大事は成しがたく存候。只怨(うらみ)と申す一字、全く脱去仕らず候ては、人臣害を免れ中傷を脱し申候こと覚束(おぼつか)なく存候。怨の一字より、大臣忠あるも終を保ち申さず候やと存候。

(訳)
 大臣の大功を成し遂げた人は、おおむね忠厚(忠にしてしかも人情が厚いこと)で大事を断行した人でしょう。漢の霍光(かくこう:前漢・武帝の名宰相)、宋の韓琦(かんき:宋時代のやはり名宰相)などの例に見ても、何れも「忠厚」の二字を人臣として忘れずにいた者と思われます。浮薄(うわっぺらで薄っぺらな)輩(やから)は大事を成し遂げることは難しいです。ただ、「怨(うらみ)」という一字、これは全て解脱しなくては、人臣はなかなか害をまぬかれ、中傷から脱することは難しいことです。この怨(うらみ)の一字のために重責を全うできない、最後まで出来なかったという者もいると思います。

(コメント:大臣が職務に忠実であっても、反対派の怨みを買ってしまい、最後までやり通すことが出来ないということがよくある。そのため、この怨みを脱しなければ職務が遂行できないということかと思います。)

水:
 忠厚は特に人臣のみならず、君と雖(いえ)ども此二字なきときは事業なしがたし。人倫闊(か)くべからざるのことなり。浮薄は大事を成しがたし確論なり。怨は唐土に多くあり。此方に少し。又軽き者には多くあり。重き者には少し。大名の上にては此嫌(きらい)ますます少し。

(訳)
 この忠厚ということは特に人臣だけの問題ではなく、君子といえどもこの忠厚の二字がなければ事業を成し遂げることは難しいでしょう。上も下も無く人間の関係において欠くことのできないものでしょう。浮薄(薄っぺら)であれば大事を成し遂げられないというのは確かな論でしょう。「怨み」という事案は中国(唐など)では多く、わが国には少ない。また重責に有るものには少なく、大名となれば益々少ないでしょう。

(コメント)
 何か大事を成し遂げようとすれば、必ず反対派の恨みを買う。しかしこれを恐れて大事が成し遂げられないようでは困る。怨みはあるものであるが、しっかりとした考え方を持っていれば何れ理解は得られる。この時の心構えとして自分が良ければよいというような「浮薄」ではなく、「忠厚」ということを考えよということでしょうか。

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水雲問答 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/03/19 04:23
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