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水雲問答(18) 大臣の任

  これは江戸時代の(長崎)平戸藩の藩主であった松浦静山公が晩年の20年間に毎日書き残した随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」に書かれている2人の手紙による問答集を理解しようとする試みです。

雲:白雲山人・板倉綽山(しゃくざん)1785~1820年 上州安中の藩主
水:墨水漁翁・林述斎(じゅっさい):1768~1841年 儒学者で林家(幕府の大学頭)中興の祖
松浦静山・松浦 清 :1760~1841年

水雲問答18

水雲問答(18) 大臣の任

雲:
 若し人大臣の任に当りて、禍すでに萌(きざ)して防べからざることあらば、辞任仕り可や。又は禍の生(しょうずる)を待て斃(たおれ)申すこと可や、如何(いかん)。

(訳)
 もし大臣の任にあって、禍(わざわい)の兆候が見えており、これを防ぐことができない場合は、辞任すべきでしょうか。又は禍が明らかになってから討ち死にすることは可でしょうか。

水:
 是は至て大事。何とも申し難し。其時機に臨み候て、其決不決も亦、其人の品格だけに之れ有るべきか

(訳)
 これは至って大切なことです。ただ何とも申しようがありません。その時々に応じて決める(辞める)のもまた決めない(辞めない)ことも両方可でしょう。それを決めるのは、その人の品格だけがこれに応じることが可となりましょう。

(上の問答を受けて後日)
雲:
 先日申候禍萌し候節、大臣の任に居り申候論、其人の格だけに有るべしの高論感服仕候。小子の了見にて、我が手にて取りおさめ出来申候節は見切候て、取治め、出来兼ね候はば、其職に斃れ申すべく存候。初より我が手に乗らぬことと存候はば、機を見て而してたつも然るべきやと存じ申候。

(訳)
 先日申し上げました禍の兆候が出ており、これを防ぐことができない時に、大臣の任にいるべきかどうかの論ですが、その人の品格によるという高論には感服いたしました。私の了見では、自分の手で取り収めることができると思われるときは見切ってやってみる。そして見込みが違って取りまとめることができなければその職とともに斃れて犠牲になると思います。また初めから自分の力ではできないと思えば、しばらく時機を計ってここぞというときに立つというのも有りかと存じます。

水:
 此解甚だ精細喜ぶべし。然れども尚此上を又一層ふかく論ぜば、我が手に収まるべきと見、その時手にのらずば、我よりまさる者を薦めて救ふべし。我も人も迚(とて)も力足らずと見ば、高去遠引も然るべきか。

(訳)
 この解はよく詳細に考えられており、うれしいことです。しかしながら、なお一層深く論じますれば、自分の手でできると考えてやってみたが、その後、自分の手に負えないとわかった場合には、自分より優れた者を推薦してやらせたらよいでしょう。自分もその推薦する人も力不足だと思ったら、その時は身を引いて遠く(圏外)に去ってしまうのも仕方がないでしょう。


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水雲問答 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/03/19 09:49
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