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石岡の陣屋門の思い出

 先日、江戸時代の府中藩主松平氏が江戸小石川の屋敷が今の播磨坂のあたりで、松平播磨守であったことを紹介しました。
また、小石川の藩邸が火事で再建した時の材木の残りで、ここ府中の陣屋門がつくられたのですが、このブログの石岡出身の読者の方から、昔の小学校の発行した文集の表紙を送っていただきました。

私はこの学校の卒業生ではないので思い出もありませんが、当時を知る人にとっては思い出も詰まっているものと思います。
懐かしく感じられる人もおられると思いましたので掲載させていただきたく思います。

 jinyamon41.jpg 石岡小学校昭和43年3月発行

これは、昭和43年の3月に石岡小学校の4~6年生の文集だそうです。当時の子供(生徒)の数は今の5倍くらいいたようです。木造の校舎で冬はダルマストーブ(石炭)だったとか・・・。

学校の入口に陣屋門があり、これを生徒はくぐって登校していた様子を版画にしたものですね。

歴史的な経緯を書くと
・文政11年(1828)2月に建立(小石川の藩邸の改築時に同じ木材を使って造られた)
・昭和41年7月石岡市民会館の建設計画と、陣屋門の移転計画が発表。
・昭和42年、市民会館の建設工事着手。
・昭和43年4月、市民会館が完成オープン。
・昭和44年3月、移転工事(現市民会館入り口から小学校校庭入口へ)
となっていますので
この文集は市民会館がオープンする寸前に出されたものですね。
この版画のように当時は門は常にオープンで左右の門柱に写真のような表札が付けられたいたようです。
(資料提供に感謝いたします)
 
※小学校の昔の文集ですので、そのまま表紙を載せております。
関係者の方で何か問題なり、ご意見等があればご連絡お願いいたします。 
 

石岡市内 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2011/05/08 13:05
コメント
陣屋門
ROMAN様
Up有難う御座います。

Webで公開されている写真以外でもっと鮮明な
ものがどなたかから公開されたら嬉しいですね。

今の小学校見渡しますと、私の在学当時のままのものは二宮尊徳像、トーテムポール、鳥居近くの滑り台位。

今度は卒業写真でも探してみます。

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