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水雲問答(30) 無用の用

  これは江戸時代の(長崎)平戸藩の藩主であった松浦静山公が晩年の20年間に毎日書き残した随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」に書かれている2人の手紙による問答集を理解しようとする試みです。

雲:白雲山人・板倉綽山(しゃくざん)1785~1820年 上州安中の藩主
水:墨水漁翁・林述斎(じゅっさい):1768~1841年 儒学者で林家(幕府の大学頭)中興の祖
松浦静山・松浦 清 :1760~1841年

水雲問答30

水雲問答(30) 無用の用

雲:
 此間仰下され候無用之用の累、成程荘周の名言に候。事に物に心掛け、工夫を仕候。近来考へ申候に、天下の事、有用無用もと相持(あいもち)にて、尽(ことごと)く棄つべからず。所謂(いわゆる)棄物棄才なき道理に候。風月詩酒の類も、工夫に付けて多益を得申候こと、夥(おびただ)しきやに存候。鯨を刺すに、利刀は彼の動(うごき)に従つてぬけ、鉛刀は動に従つて深く入ると承り及び申候て、始めて感悟仕候。大事を做(な)す者は有ると有られぬ者を引込み、時宜に従つて取出し使ひ申候ことと存候。如何如何(いかんいかん)。

(訳)
 この間仰せ下さった「無用の用」の話は、なるほど中国の思想家「荘周」の名言です。いろいろな物事を心掛けて、工夫をしていると、天下の事で、有用無用にかかわらずどんなものでも棄てるものがありません。いわゆる「棄物棄才なき道理」です。風月で詩を詠み、酒を愛するといったようなことも、工夫の仕方によっては多くの益を得ることができます。それも少しのことでなくおびただしいものです。鯨(くじら)を刺すのに研ぎすぎた刀を使えば、鯨の動きによって抜けてしまいます。ところがなまくらな刀は鯨が動くと益々深く入っていきます。このことを最初に聞いた時は感動しました。大事をなす者は有りとあらゆる者を引き込み、時宜(じぎ)に従って取り出して使う(活用する)ことだと思います。如何でしょうか。

水:
 此の大手段なきときは、大経綸は成りがたかるべくと存候。牛溲・馬勃(ぎゅうしゅうばぼつ)・敗鼓(はいこ)の皮までも貯へたるが良医に候。鶏鳴狗吠(けいめいくばい)の客・門下にあれば、其の用を成候時必ず之れ有り候。然(しか)れどもあるとあられぬ者を引込候にも、少しく弁別なき時は人に誤らるるの患その所より発し申候と存候。

(訳)
 この大手段が時は、「大経論(だいけいりん)」は成り立ちません(けちけちした方法では、大きな問題の解決は出来ません)。 牛溲・馬勃(ぎゅうしゅうばぼつ:牛の小便や馬のくそ:役にたたないつまらないもの)・敗鼓(はいこ:破れた太鼓)の皮までも貯えて薬とするのが良医でしょう。鶏鳴狗吠(けいめいくばい:鶏の鳴きまねをしたり、犬の吠えるまねをすような)客(居候)や門下に置いておけば、何かの時に役立つことがきっとあるでしょう。しかし、ありとあらゆる者を引き込んで使うには、その見分ける能力が無ければ時には間違いを起こし、禍となるようなことにならないとも限りません。


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水雲問答 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/03/23 07:06
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