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水雲問答(33) 君子剛柔の論

  これは江戸時代の(長崎)平戸藩の藩主であった松浦静山公が晩年の20年間に毎日書き残した随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」に書かれている2人の手紙による問答集を理解しようとする試みです。

雲:白雲山人・板倉綽山(しゃくざん)1785~1820年 上州安中の藩主
水:墨水漁翁・林述斎(じゅっさい):1768~1841年 儒学者で林家(幕府の大学頭)中興の祖
松浦静山・松浦 清 :1760~1841年

水雲問答33

水雲問答(33) 君子剛柔の論

雲:
 君子は剛を以て世に立つ。小人は柔を以て世を渉(わた)る。小人剛を用ゆれば敗る。君子柔に隠れて世を渉(わた)らんとするときは、必ず讒険(ざんけん)の為に陥(おとしいれ)らるること、古今歴々たり。剛は剛を以て徹底せんこと可なり。少く禍を避るの心有るべからず。然りと雖も言葉を慎むべきなり。

(訳)
 君子は剛(自分の強い信念)をもって世にたちます。一方小人は柔(あたりさわりのないように妥協しながら)世を渡ります。もし小人が剛でいこうとすると必ず失敗します。君子が小人のような柔で(妥協しながら)世を渡ろうとすれば、必ず讒言(ざんげん)や陰謀などのために、陥(おとしい)れられてしまうでしょう。これは古今の歴史を見ても明らかです。
そのため、君子は堂々とした態度(剛)で、信念を曲げずに徹底して行うことが大切です。少しの禍をも避けようとする心があってはなりません。そうはいっても言葉は慎むべきです。


水:
 君子剛柔の論、尤も当れり。君子柔を以て破るるなど、尤も微妙の真実論、多く聞かざる所なり。敬服々々。これらの論惜(おしむ)らくは一場の説話となりて、雲烟(えん)消滅、此後かな文の答問書の如くして、その往復冊子になすようになさば、下げ札も亦一時のことになく、骨折(おり)て脱破すべし。高明以て如何と為す。

(訳)
 君子剛柔のご意見、ごもっともです。君子が柔(曖昧な妥協)をもって行うと失敗するというのは、最も微妙な真実論であり、あまり聞かないものです。敬服いたしました。これらの論(意見)は、惜しい事に、そのとき、その場だけの説話となってしまい、雲煙(けむり)のように消えてしまいます。そのため、これをかな書きの答問書のようにして、これらの往復書簡冊子にしてまとめたら、下げ札をなどが取れてなくなってしまえば苦労したのがむだになりますので、一冊に纏めるのが良いとおもいますが如何でしょうか。

(コメント)
 このやり取りが結果として現在残った「水雲問答集」となり世に残ったのでしょう。
甲子夜話もそうですが、そこに残されたこの水雲問答もここでその経緯が明らかにされています。



水雲問答を最初から読むには ⇒ こちら
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水雲問答 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/03/23 19:40
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