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水雲問答(46) 不学無術

  これは江戸時代の(長崎)平戸藩の藩主であった松浦静山公が晩年の20年間に毎日書き残した随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」に書かれている2人の手紙による問答集を理解しようとする試みです。

雲:白雲山人・板倉綽山(しゃくざん)1785~1820年 上州安中の藩主
水:墨水漁翁・林述斎(じゅっさい):1768~1841年 儒学者で林家(幕府の大学頭)中興の祖
松浦静山・松浦 清 :1760~1841年

水雲問答46

水雲問答(46)  不学無術

雲:
 兎角世人不学無術ゆゑに、尽(ことごと)く、古人の覆轍(ふくてつ)を踏(ふみ)て存申し不候。成敗する処は殊なれども、本は同じ処より、敗申し候も成り申し候も起り申し候。夫故に深謀遠慮と申すことは夢にも知らぬことに候。一時を只(ただ)うかうかと太平とのみ楽(たのし)み候こと、長大息すべきことに候。

(訳)
 とかく世の中の人は学ばず、術(解決の手立て)がないから、みんな、古人が失敗したことを繰り返し失敗することに気がつかないのです。成功や失敗するところは、昔とは違っていますが、本質は同じ処から起こっています。そのため、深謀遠慮(後の事まで深く考えを巡らせれること)などということは夢にも知らず、今という時をうかうかと太平に楽しむだけという事は、たいへんなげかわしいことでございます。


水:
 寇莱(こうらい)公にさへ霍光(かくこう)の伝を読せ申す候。今人のこと、歯牙(しが)に挂(かく)るに足らず候。

(訳)
 中国宋の名相である寇莱(こうらい)公(寇準:こうじゅん)にさえ、漢の霍光(かくこう:武帝の次の天子)の伝を読ませたというではないか。今どきの人が不学無術かどうかなど、歯牙にもかける必要はありません。

(コメント)
 寇莱(こうらい)公(寇準)も不学無術の人ともいわれていた。しかし、初代宋の名相の張詠(ちょうえい)は、ある時、寇準に向かって「霍光の伝は読んだか」と尋ねた。「まだ読んでいない」と言うと何もその後言わなかった。後に寇準が霍光の伝を調べるとそこに「不学無術」という言葉が目に留まったという。寇準は悟って、その後勉学して立派になったという。

まあ、今の人が学問をしないなどと嘆く必要はなく、自分を先ず磨いて手本示して人々を導けばよいといっているように思います。
林述斎(水)も幕府の学問頭として、その後の幕末の偉人などを育てる先駆となっていきました。


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水雲問答 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/03/28 21:51
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