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水雲問答(61) 英豪の所為と君子

  これは江戸時代の(長崎)平戸藩の藩主であった松浦静山公が晩年の20年間に毎日書き残した随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」に書かれている2人の手紙による問答集を理解しようとする試みです。

雲:白雲山人・板倉綽山(しゃくざん)1785~1820年 上州安中の藩主
水:墨水漁翁・林述斎(じゅっさい):1768~1841年 儒学者で林家(幕府の大学頭)中興の祖
松浦静山・松浦 清 :1760~1841年

水雲問答61

水雲問答(61) 英豪の所為と君子

雲:
喜怒哀楽は人情候へども、その時に随ひて動(うごき)申候は小量と存候。英豪は悲愴(ひそう)惨愁(さんしゅう)の中に処して、かつてことともせず、又富貴に居(をる)にも嘗(かつ)て驕忲(きょうたい)の態(てい)なし。我が分を楽(たのしみ)てことをなし申候まま、禍を福となし、敗に因りて勝を握(にぎる)の手段あり。英豪は無事にこまり申す者に候。悪事にてもあれば、それに因て一大事をなし出し申候者に候。素して行うは貧賎(ひんせん)、富貴、夷狄(いてき)、艱難(かんなん)も自得仕候こそ、君子たる故と存候。

(訳)
 喜怒哀楽は(自然な)人情ですが、その喜怒哀楽の時に随って、ただ行動するのでは器量が小さいといえましょう。一方、英雄豪傑といわれる者は、悲壮な、また惨めな出来事の中にあっても動揺することなく、また富貴の地位にいても少しも傲(おご)り驕(たかぶ)る態度がなく、持って生まれた自分の分(器量を)楽しんで事を行いますので、禍を転じて福となし、失敗してもそれによって逆に勝利をつかむ手段を心得ております。ところが、この英雄豪傑というものは、世の中が太平無事の時には、何もすることがなく困るといった者で、何か悪いことでも起これば、それによって大仕事をする者といえましょう。
それに対して君子は「その地位に素して行い(地位に合せた行いをする):『中庸』」、貧しければ貧しいなりに、金持ちなら金持ちなりに、病人なら病人なりに、夷狄(いてき)、艱難(かんなん)などどのような境遇でも、それに応じて自身が納得した生き方をします。これが君子といえる所以だと思います。


水:
 英豪の所為、大に人意を快(こころよく)すと雖(いえど)も、弊も亦(ま)た多し。帰宿の処は君子は、易(い)に居て命(めい)を俟(ま)つの外之れ無く、故に聖人の千語万語、英豪のする所を以て教(をしへ)とせず、其の意甚だ深し。然(しか)れども聖経賢伝を死看(しかん)して活看(かつかん)せざる者は、気息奄々(えんえん)死人の如き君子となり候。弊も云うべく候。これらの工夫、畢竟(ひっきょう)其人にあるのみと存候。

(訳)
 英雄豪傑の仕業は大いに人の心を痛快にしますが、弊害もまた多いものです。究極のところ(『中庸』に)「君子は、平易なところに居て、天命をまつ以外にない」とあるように、ゆえに聖人のすべての言葉、英雄豪傑のように特例をもって教えとはしませんが、その意(こころ)は大変深いところがあります。しかしながら、聖賢の経書や伝記を古臭いものとして勉強しない者は、息絶え絶えの死人のような君子になってしまいます。そういうのは弊害とも言えます。これらの工夫(心がけ)は、畢竟(ひっきょう:究極、とどのつまり)のところその人自身の問題であります。


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水雲問答 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/04/03 15:50
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