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水雲問答(68) 時を知り、命を知る

  これは江戸時代の(長崎)平戸藩の藩主であった松浦静山公が晩年の20年間に毎日書き残した随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」に書かれている2人の手紙による問答集を理解しようとする試みです。

雲:白雲山人・板倉綽山(しゃくざん)1785~1820年 上州安中の藩主
水:墨水漁翁・林述斎(じゅっさい):1768~1841年 儒学者で林家(幕府の大学頭)中興の祖
松浦静山・松浦 清 :1760~1841年

水雲問答68

水雲問答(68)  時を知り、命を知る

雲:
時を知り命を知るは君子帰宿の処、万事ここに止(とどまり)申候。一部の『易』、此二ヶ条に止り『魯(ろ)論』にも、これを知るを以て君子と之有り。時を知るは外(ほか)のことにも之無く、為(なす)べき時に図をはづさず、為(なす)まじき時にせぬのみに候。命を知るは、その味広遠のことにて、説破に及(および)かね申候。兎角(とかく)古今身を危(あやふく)くし、国を滅(ほろぼし)申候も、君子の禍に及(および)申も、この二字に通ぜぬ故と存候。実は真の君子にあらぬ故に候。英豪却て此の二条に通(つうじ)候ゆゑ、一時に事を起(おこし)申候ことと存候。

(訳)
 時を知り運命を知るということは、君子の究極に到達するところです。何事もここに止まります。『易経』で説くところもこの二ヵ条に止まるのです。論語の中の『魯論』にも「これを知るを以て君子」とあり、これは時を知るということにほかありません。ことを為すべき時はその機を逃さずにやってのけ、為すべきではない時にはどんな時でも行わないということです。運命をということは、そのその意味は限りなく広遠で、説き伏せることが困難です。兎角、昔から今でも身を危くし、国を亡ぼすのも、君子に禍が及ぶのも、この二字(時を知り、命を知る)ことができていないからです。また実は真の君子でないからともいえます。英雄豪傑はこの二条、時と運命に通じているために、時を逃すことなく事を起こしていると申せましょう。


水:
 公論と存候。英豪は道理はしらず、己れの才気より存候。君子は義理には心得候へども、多く才気たらざるより見損じ申候。因ては彼の豪傑の資、聖賢の学と申す二つを兼(かね)ざれば、大事業は成就仕らぬことと存候。

(訳)
 これは公正な論と思います。英豪はそのような深い道理は知らず、自分の才気で本能的にやってしまいます。それに対し、君子は物事の道理は心得ていますが、多くは才気が足りないために事を見損じのです。したがって、この豪傑の資質と聖賢の学問の二つ両方を兼ね備えなければ、大事業は成し遂げることは出来ないと思います。


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水雲問答 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/04/05 17:32
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