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水雲問答(70) 天地は活物にて、人事も活物

  これは江戸時代の(長崎)平戸藩の藩主であった松浦静山公が晩年の20年間に毎日書き残した随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」に書かれている2人の手紙による問答集を理解しようとする試みです。

雲:白雲山人・板倉綽山(しゃくざん)1785~1820年 上州安中の藩主
水:墨水漁翁・林述斎(じゅっさい):1768~1841年 儒学者で林家(幕府の大学頭)中興の祖
松浦静山・松浦 清 :1760~1841年

水雲問答70

水雲問答(70)  天地は活物にて、人事も活物
(今内容は、この水雲問答の(1)ですでに記載しています。しかし、書籍の掲載順に合せて、ここに再掲いたします。)

雲:
 天地は活物(いきもの)にて、人事も活物に候。世人とかく何事も死看(しかん)致し候故、出来申さず候。世事に処し候は活物ゆゑ、変化の手段なくてかなはざる者に候。年中暖服(だんぷく)して居らんとする如く心得るは不了見者に候。冬裘(とうきゅう:毛皮の衣)夏葛(かかつ:葛で織った単衣)各々其時節之れ有る者に付、変化の義知得(ちとく)申候はば何事か出来ざらん。此義を知り得ぬときは経綸も為し難かるべし。

(訳)
天地は活物(いきもの)であり、人事もまた活物です。しかし、世人(学者など)は生命を忘れて機械的・物質的にとらえがちです。そのために活きた現象に当てはまらなくなります。世の中の事は活物ですから、絶えず変化してやまないので、この変化にどのように対処するかの手段がなければなりません。
年中暖かい衣服を着ていようなどと心得るのは不了見者です。冬は毛皮の服を着て、夏には涼しい葛の織物を着るように、それぞれ時節のあることを知り、この変化の義を知得すれば、何事もできないものはありません。この変化の義を知らないで物事を行えば、経綸(けいりん:国家の秩序をととのえ治めること)も難しいことになりましょう。

水:
 御尤(ごもっとも)に候。然れども人飲食せざる無し。能く味を知るは少しと申す所にて、活物と存候(ぞんじそうらい)ても、其味を弁別致候深浅(しんせん)は、遥に人に因り違い申すべく、是れら解事の人と論ずべくして、泛然(はんぜん)とは申し難く候。時の炎涼(えんりょう)を逐(お)い候輩(そうろうやから)と一様と成り候弊(そうろうへい)をも生じ申すべく候。

(訳)
ごもっともです。飲食をしない者はおりませんが、よくその味を知っている者は少ないと申します。活物といっても、その味を区別しても、味の深浅は人により異なります。
これらの事は物事の良くわかった人と論じるのがよいが、ただ誰でも良いというものでもありません。あまり軽々しく使うと本当の意味が分からなくなって、時の移り変わりを追いかける輩と同じになってしまいかねません。そのため、誠に良い意見ですがめったな者に使えません。

(コメント)
 菅首相がNHKや総務省の人事に口を出し、「適材適所」などといつも言っているが、これは人事を物と捕らえ、活き物とは見ていない証拠だと思います。ついには自分の息子をまともに育てられずに甘やかした「えこ贔屓(ひいき)」人事。
困った時は、人事権を振りかざして恫喝するなどあまりにお粗末です。
このような人事を政治が行うには、この政治家の人生観はまだまだこの水雲問答のレベルに達していないのだと痛感しました。
江戸時代には優れた方がおられますね。


水雲問答を最初から読むには ⇒ こちら
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水雲問答 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/04/06 21:18
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