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春の日差しを浴びて

 ふるさと風の機関紙の配布で、石岡市八郷地区から朝日トンネルを越えて、土浦市(旧新治村)の小町の里へ。

小野家が昔からあり、小野小町の伝説が残るところ。
この裏山から八郷側の北向き観音へ小町が参拝に訪れたとの伝承が残るが、最近この附近の山を整備して、つくば市方面からのハイキング客がかなり増えた。

隣りの宝篋山(ほうきょうさん)はもうかなり前から登山者が多くなっていたが、こちらはここ1~2年くらいでかなり増えた。

今は若葉が萌えていてまさに家族連れなどが駐車場などにいっぱいいる。
まあ団体客や大声を出している人はあまり見かけない。

大して蜜にはなっていないと思うが、これ以上コロナもおとなしくしていて欲しいものだ。

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(小町の館の裏手にある体験施設と裏山)

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この山々の緑はまぶしい。
紅葉の頃より生き生きとしていて若さがはじけているようで好きだ。

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観光施設用に大きな水車が回る。 この場所のシンボルでもある。

少しこの奥の方に筑波四面薬師の一つでもある「東城寺」がある。

現在土浦市博物館(亀城公園裏)で、
【東城寺と「山ノ荘」】 という特別展が開かれている。
東城寺の裏手の山に末法思想が世の中を支配してた頃(室町後期から鎌倉時代)にお経を筒の中に入れて土に埋めた「経塚」があり、ここで発掘されたものなどが博物館で展示されている。

この(朝望山)東城寺は北条の多気山にいた常陸大掾氏の菩提寺でもあった。
しかし、鎌倉時代からは小田氏が支配し、寺も天台宗から真言宗に変った。

古くからの寺であったが、平成になり放火で堂宇などが焼け、現在は再建された建物となっています。
ここの経塚は保安3年(1122)の銘がある経筒が発見されており、この多気大掾氏の時代の物でしょう。

この大掾氏が小田氏の換言により滅びて、親族の水戸に居た吉田氏(馬場氏)が大掾(だいじょう)職を引きついだのです。
つくばや土浦市のHPなどは小田氏を取り上げますが、何故か大掾氏があまり記載されていない。
どこかでボタンを掛け違えているのでしょうか?

さて、風の会の会報は、この小町の館と、北条の「田村家」に置かせていただいています。

石岡との関係が深まればよいと願っているのですが・・・

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今年は桜だけでなく、春は早いですね。
もう梨畑には白い可憐な花が満開でした。

田植えも早まりそうですね。

近況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/04/12 10:22
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