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玉清井の春の風景

 茨城県行方市(なめがたし)はヤマトタケル伝説がとても多い地域です。

霞ヶ浦の北岸に沿って石岡から潮来市牛堀の手前まで国道355号線が通っています。
昨日29日は朝から雨が降り続いていました。

この日は休日で、蔓延防止や緊急事態宣言も出されて、不要不急な外出が制限されていましたが、前からの約束ですし、迷惑もかけられませんので、いつもの車と、一人歩き程度で人との接触もまったくと言ってよいほど私のは縁がありません。

どうも孤独が好きなようですので、こういうときにもストレスも特にたまりませんね。

行方市に入って玉造附近までは、田に水は張られていてもまだ苗を植えてあるところはほとんどありませんでした。
しかし、この辺りから徐々に田植えが済んでいる田が増えてきます。

玉造を過ぎて、旧道との間は田んぼばかりなのですが、苗を育てている?ビニールハウスやレンコンの水田などが平地に広がっています。
そして、そこにこんもりとした木の茂みが2箇所あります。

その潮来よりにある木の茂みが「玉清井(たまきよのい)」といわれる、泉です。

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(国道355線側からの眺め)

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(山沿いの旧道:県道183号線側からの眺め)

田には水が張られ田植えを待つばかり。昨日は1日大雨注意だったので今日・明日辺りから始まるのか。

このちいさな森の中には今も泉があり、脇に神社(玉清井神社)があります。
また、この先の山側に進んだ所に『井上神社」という古社があります。

常陸国風土記に
「昔、倭武の天皇が、天の下を巡幸され、霞ケ浦より北を言向けられたとき、この国を過ぎ、槻野の清水に出たとき、清水で手を清め、玉をもって井戸をお褒めになった。これが玉の清井といはれ、今も行方の里にある。」

と書かれている場所だといわれています。

常陸國風土記にはヤマトタケルは倭武の天皇と表記されていますが、東京湾を渡る時に波が荒れて妻である弟橘姫を亡くしますが、常陸国でまた再会します。

潮来のほうで再会してからこの行方の地へやってきたということかどうかはよくわかりません。

たくさんある古代の伝説を訪ねて見るのも、楽しいかもしれません。
コロナ渦でも、どこもあまり人はいませんね・・・・・・。

以前の記事(参考まで)
1、府中六井(番外2)-玉清井(2011.7.19)・・・ こちら
2、玉清井(銚子への道すがら(2))(2015年3月)・・・ こちら 


小美玉・行方地区 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2021/04/30 12:07
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