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石岡のおまつりが始まります。

 今日もまだ暑かったが、大分秋の気配が感じられるようになった。石岡のお祭りが9月18日~20日に行われるが、昨日の日曜日の晩に「たたき初め」がおこなわれた。市内の各地域で山車を引きだして伝統の「石岡囃子(ばやし)」などを披露していた。祭り好きにはたまらないようで例年張り切って参加をする人が多い。祭りの間は職場も休みにしたり、勝手に休んだり大変だ。学校の先生なども毎年参加する人がおり、その時はその先生は休みとなる。年に1度くらい熱中してもその他の時にしっかりやってくれれば何の問題もないと思っている。頑張れ! さて、この石岡のお祭りは「関東三大まつり」と地元では紹介してきた。そのおかげで、ネットで検索してみるとちゃんと認証されているようである。一昔前までは、地元だけが言っている程度の反応であったが、これも先にいった方が勝ちである。しかし、この三大まつりという三番目は多くは沢山存在するので、あまり意味はないと解釈すべきだ。それを最近「根拠がないから言うのを止める」なんてことを言うようになったとか・・・。あきれてものが言えない。
この「石岡のおまつり」は、「常陸国総社まつり」というそうだが、これは明治35年に年番制度ができた時に1年がかりで作られたものという。当時の人たちの相当の努力があってのものだろう。まったく敬意を表したい。しかし、この祭りの元となったのは、中町の矢口家本陣隣りにあった「天王社」の祇園祭であり、江戸時代中期の毎年6月1に始まり、14日に各町から風流物を出して練り歩いたという。富田のさらさが一番目でこれが現代のまつりにも踏襲されたと思われます。5番目が木之地のみろくであり、現在復活をはかっているようです。しかしこの祭りが盛んであったのは、江戸中期であり、記録も完全ではない。根拠をここに求めるよりも明治の先達が町を元気にする祭りとして創設してくれたということでいいではないか。今こそ町の活性化の起爆剤にもっともっと活用したいものである。ちなみに石岡の昔のパンフレットなどでは、関東三大祭りの残りは千葉県佐原の「佐原ばやし(大祭)」と東京府中の「暗闇祭り」ということであるが、府中の暗闇祭りは秩父の夜祭りなどと共に三大奇祭として数えられ、一般には「川越まつり」を入れているところが多いようである。これもいい加減といえばいい加減なもので、地元がそう思えば何も反対などするものではないのです。皆さん自信を持って三大祭りと言いましょう。そのためには規模ももっと大きくしなければ・・・。

石岡のおまつり | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/09/13 19:38
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