甲子夜話の面白き世界(第26)落噺(笑い話)その4

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《31》 文盲の父とその娘
一女がいた。年は十歳。父は文盲だが、娘の事によけいな口を出す。
娘は(父が)人前ですることを宜しくない気持ちでいたが、ある時人が来てまた口を出してこう云った。
「それがしの小娘は手習いに精を出しています」と吹聴した。
客が「御清書はありますか」と云うと娘の清書を持ってきて、開いて逆さまに出した。
娘は「それは逆さよ」と云ったが、「御客の方から見やすいようにしたのだ」と云う。
客も心得て、「読みものもなさるのか」と聞いた。
「随分いたしました。百人首も僧正遍昭までおぼえています」と云う。
「おやおや、僧正遍昭どころではなく、その先まで覚えておられるのでしょう」と云ったのを聞いた娘、「なら、十方世界まで覚えなきゃ」と云ったと。
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《32》 燈心は何から出る
手習い師匠の弟子が二人言い争いをしていた。
燈心は何から出来ている?
一児が云う「山吹のしん」。
もう一児が云う「いぐさのしん」。
決せず。
師匠は酒好きでな、是非を聞かんと、ニ児は各々こっそりと酒肴を携え、師に賄し、己が勝とうとした。
師もまた其々受け取った。ニ児は喜んで帰った。
後に師を前にして是非を聞いた。
師曰く。「どちらもさにあらず」。
ニ児は訝る。
師に迫り聞く「ならば燈心は何から出るのですか」。
師答える「紙燈(あんどん)の引き出しから」。
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《33》 四文銭
明和のときに四文銭が鋳造された。
はじめはなかなか流通しなかった。
一士人が下僕と浅草観音に参詣に出かけた。
本堂で一銭を投じた。
見ると四当銭(四文銭とも云った)ではないか!
主人は下僕を見て曰く。
「一文はなんじの為の銭だな」
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《34》 笛屋
わしが十二三の頃、湯島の女坂下に笛屋の新見世が出来た。
雉笛、鳩笛は云うに及ばず、カッコウ笛、頬白、目白の類、大小の鳥のこえ。
虫はキリギリス、ヒグラシ、松虫等、その声音を笛に移さないことはない。
実に珍奇の仕出しである。その頃ある者が寄り合い、この笛屋の咄をしていた。
「見たかや、見てないかや」などと話している。
その時一人が早く知っている事を云おうとせき込んだ。
「あの笛屋にない物はないね〜。花の鶯、水の蛙はもちろん、百足笛にゲジゲジ笛までもあるんだよね〜」
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《35》 徘徊する犬
都は人家が並んでいて、犬もまた多い。
夜もたけなわになると人通りは絶えて、犬が徘徊している。
独り歩きの者に犬どもが吠えかかり、行くことが難しくなる。
ある人曰く。これは戦国時に敵地に入るのと同じだ。
行くのを遂げようとすると遂には襲われ怪我をしてしまう。
そばの人それを聞いて曰く。
「あっしに考えがありやす。犬に囲まれたら、先ず四つん這いになって獣と同じになるんすよ。それから犬吠えをして闘うんでやす。そうしたら犬の野郎、怖れて逃げるでやす」。
その人、納得して、ある夜はたして犬ども四頭に囲まれた。
その人はすぐ四つん這いになって犬に向かって吠えた。
ところが犬どもは逃げぬ。
一匹が、後ろへ回りその人の臀部を噛んだ。驚いたのなんの!
「キャンキャン!」
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《36》 うぬぼれ者
嫖客でうぬぼれ者がいた。自ら好男子に比して誇る。
ある日髪結所に入って眉を剃らせた。
その頃、美しきは細眉であり、「細く細く」と云った。
髪結は細くしようとしていたが、思わず剃り落としてしまった。
そばで一部始終を見ていた者が云った。
「なりだの〜、なりだの〜」。
〈なりとは貌のこと。その頃、嫖客の褒め言葉に容貌の好美者をなりと云ってほめていた〉。
嫖は片眉を剃り落としたのを知らず、自得の体で平り平りと奈何々々〜
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《37》 籠かきと乗り手
籠かきが乗り手をゆすった。何遍話しかけても客は答えなかった。
それで、窓から覗い見ると乗り手は甘(うま)く眠り、鼾は雷の様である。
籠かきは、しかたなく数町かついで行った。
乗り手は気持ちよく思っていたが、やがて籠が進まなくなった。
乗り手は不審に思い窓から顔を出して見た。
あら、籠かきは立ち眠りして、鼾は雷の様だった。
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《38》 蟹と海鼠(なまこ)
蟹が海鼠(なまこ)を笑った。「臀が頭か、頭が臀か」。
海鼠が笑い返した。「行くが帰るか、帰るが行くか」。
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《39》 公方さまを見奉るには
ある藩士が初めての江戸上りで公方さまを見奉りたいと言い出した。
友は言った。「藩士は見奉ることはできぬ。農夫になれば望みを達せる」。
藩士は「ならばどうしたらよいか?」。
友曰く。「田舎に御成の時に、農夫に頼み、その家人として見奉ればよい」。
士は喜んで、双刀を抜き、農家に身を寄せる。
その時、御成があったので農夫がこっそりと「あれこそ公方さまなれ」と教えた。
士は「いやいや。あれは御一人にして御法体にはあらず」と疑った。
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《40》 灸を落とす
わしが少年の頃、仕舞を水戸侯の大夫、犬塚新五郎に学んだ。
新五郎は1年、上総より召使を置いた。
1日、召使に灸をすえさせるのに、度々落とすので、ふつつかなと叱ると召使は云っている。
みみちっい旦那だよ。灸を1つ2つ落したところで、さほど言われることはないじゃないか。
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《41》 蚊帳に親父入り
ある人が子どもに何事も「粗略にしてはいけないよ」と云った。
例えば、「箱にものを納めたら、吸物椀、膳と書付をするんだよ」。
「袋に入れるものにもそれぞれ何が入っているとお書きよ」、と諄々といいつけた。
その夜、親が蚊帳を吊ったところ、翌朝起きてみれば、子の筆にて「この中、親父入り」と書いてあったとさ。
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《42》 百夜通い
一男子が一女子に恋をした。女が云うには、「百夜通っておくれよ。そうしたらお前さまのものになろうでないかい」。
男は易き事よと、翌朝より風雨も厭わず女の元へ通い、庭木に印して帰った。
こうして早九十余日を過ぎた。
そうして、大風雨の夜、その人はまた蓑笠を傾けてやって来た。
女は遂に男に話しかけた。「もう百夜でなくていい!泊まってお行きなさいよ!」。
すると男は怒って云った。
「あっしは、雇われてやってるだけでやんす。この風雨の中、早く帰りたいのに、何で泊まって行かなきゃいけないんすか!」。
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