筑波山の南山麓
5月25日 朝また地震で起きてしまいました。最近また余震が続いています。
今日は職場の同僚の定年祝賀会があり、電車で出社です。帰りが遅くなるので朝のうちに一つ記事を載せておきます。
筑波山も石岡側から見た男体山・女体山の位置関係がお互いが寄り添うように見えるのだが、筑波側から見ると全く離れて見える。
この写真は先週向こう側(つくば側)の山の麓である、つくば市臼井付近から見た筑波山である。左右がきれいに見える。右が女体山である。
田植えが終わったばかりの田圃は水が輝いて美しい。
筑波山の麓のコメは皆美味しい。一部のブランド米だけではなく水が豊富で平野よりも少し高い所の方が味が良い。
今年は是非美味しいコメがたくさん採れてほしいものだ。
延暦元年(782)徳一上人が筑波山の中腹に中禅寺(現在の大御堂)を建立した時に登ったとされる白滝の道はこのすぐ東側(右側)の六所神社の所から真っ直ぐに白滝までのぼり、昔の府中街道の所へ合流したと考えられる。
しかし、この徳一上人の記録はほとんど残されていない。
この古道はもっとも古くからあった登山道で、修験者の道とされてきたようだが、明治以降はほとんど廃れてしまっていた。それを数年前に、地元の方々の手でこの白滝古道が復活・整備された。
また、前にこのブログで紹介した「つくば道」はこの写真の左手側である。

今日は職場の同僚の定年祝賀会があり、電車で出社です。帰りが遅くなるので朝のうちに一つ記事を載せておきます。
筑波山も石岡側から見た男体山・女体山の位置関係がお互いが寄り添うように見えるのだが、筑波側から見ると全く離れて見える。
この写真は先週向こう側(つくば側)の山の麓である、つくば市臼井付近から見た筑波山である。左右がきれいに見える。右が女体山である。
田植えが終わったばかりの田圃は水が輝いて美しい。
筑波山の麓のコメは皆美味しい。一部のブランド米だけではなく水が豊富で平野よりも少し高い所の方が味が良い。
今年は是非美味しいコメがたくさん採れてほしいものだ。
延暦元年(782)徳一上人が筑波山の中腹に中禅寺(現在の大御堂)を建立した時に登ったとされる白滝の道はこのすぐ東側(右側)の六所神社の所から真っ直ぐに白滝までのぼり、昔の府中街道の所へ合流したと考えられる。
しかし、この徳一上人の記録はほとんど残されていない。
この古道はもっとも古くからあった登山道で、修験者の道とされてきたようだが、明治以降はほとんど廃れてしまっていた。それを数年前に、地元の方々の手でこの白滝古道が復活・整備された。
また、前にこのブログで紹介した「つくば道」はこの写真の左手側である。

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