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金色姫伝説

 やっと戻ってきました。5月25日2度目のUPです。
 
 筑波の六所神社に行く時に手前の神郡にある「蚕影山(こかげやま)神社」というところに寄ってみた。
この神社もかなり古くからある神社で名前の通り養蚕業のシンボル的な神社で、各地にある蚕影神社の中心になっているところだそうだ。

また入口の社務所というより一般の住居のような建物を覗いてみると、中の机の上にはお守りなどが置かれていたが、壁に映画のポスターが貼ってあった。「ガマの油」である。

役所広司が初監督と主演をしている2009年の映画だ。

この神社の前でガマの油売りの口上を撮影したという。なかなか渋いところで撮影したものだ。

今回も、このような古臭い神社であり、誰も来てる人もいないかと思ったが、ひと組の男女が車でやってきていた。

どうも一般の神社好きな人とはかなりイメージがちがった。
映画のロケ地と知って都会から来たのかもしれない。
一緒に神社への階段を上って上に行くと女性から携帯をさしだされて「写真を撮ってください」と頼まれた。
また「いいところですね」とも。

私はこのような人が訪れないような寺や神社を訪ねまわっているので好きなところではあるが、「よいところですね」といわれると少し首をかしげてしまう。

地元の人ではあまりこのようなことは言わない。

まあそれよりは、神社の由緒などの説明が入口にかかげられていた中に面白いことが書かれていた。
「金色姫伝説」である。これはなかなか面白い。
養蚕はかなり歴史が古く、インド(天竺)から伝わったものであることを示しているのだろうか?
伝説の概略の話は、次のようなものである。

「5世紀頃の話です。天竺(インド)にリンエ王という帝がおり、金色姫(こんじきひめ)という娘がいた。
しかし后はなくなり、後添えにきた皇后はこの金色姫を憎み、帝のいない時に、山の中に金色姫を置き去りにしたり、島に流したりしますがうまくいきません。そこで今度は庭に生き埋めにしてしまいます。しかしこの庭から光がさし、帝が気がついて助け出しますが、行く末を心配して、泣く泣く中が空洞になった桑の木の船に姫を乗せて海に流したのです。

その舟が荒海にもまれながら漂流して日本の茨城県の豊浦(現在の川尻小貝浜)に漂着したところを、地元の漁師夫婦に助けられて大切に育てられました。

しかし、姫は病に罹り、亡くなってしまいました。夫婦は深く悲しんで、清らかな唐びつを創り、姫のなきがらを納めました。
するとある夜、夢の中に姫が現れ、「私に食物をください。後で恩返しをします。」と告げました。
そこで唐びつを開けると、姫のなきがらは無く、たくさんの小さな虫になっていました。
丸木舟が桑の木であったので、桑の葉を採って虫に与えると、虫は喜んで食べ、成長しました。
そしてマユを造りました。マユが出来ると、筑波の仙人が現れ、マユから糸を取る方法を教えたといいます。

この漁師夫婦は、この養蚕で栄え、豊浦の河岸に、御殿を建て、姫の御魂を中心に、左右に富士、筑波の神をまつって、蚕影山大権現と称したといいます。これがこの蚕影山神社のはじめだというのです。」

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養蚕・織物関係 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/05/25 22:34
コメント
No title
ROMAN様
亀レスですが、この伝説は面白いですね。
唐、や高麗ではなく、なぜかいきなりインド。確かに
インド出身の神様もたくさん日本におわしますので
全くの不思議はないのですが、それがなぜか石岡近辺に。
思い出しますのが、中学の同級生の女子で日本人とてして
は彫りが深く、エキゾチックな面持ちの子が何人かいました。

今と違って外国人とのハーフと言うのはいませんでしたから、
遠い御先祖にこの姫様の末裔がいらっしゃるのかも知れませんね。
茨城出身の女優 栗山千明さんも非常にエキゾチック、
彼女の容貌をこの姫様に当てはめるとなかなかに神々しいです。
Re: No title
行徳様
この伝説を調べると、すでにいろいろな劇や歌になっているようです。
しかし、小貝川がこの蚕飼川と呼ばれていたようですので、いろいろなものが絡みそうです。
石岡の学者や教育委員会などという権威のある方は、この民俗学的なことにはあまり興味がないようです。
絹も恐らく朝鮮半島から日本にやって来たはずです。
その先は中国ですよね。
しかし、これはインドなのです。お釈迦様の国ではありますが、何故?
という疑問がわきます。
石岡には昔「平将門」におそわれた時に、たくさんの絹があったと言われています。
絹があったのでおそわれたのだとも解釈できますが、皆こちらには興味を示さないのです。
おかしなものですね。
明治以降も製糸工場が盛んでした。皆忘れ去られています。どうしてでしょうか??
No title
ROMAN様
欧州はしつこいくらいに昔の街路の姿を残します。
その点明治以降、特に戦後日本は、ともかく昔の
物を潰して来ましたね。
今中国が狂ったように同じことをしており、それを
見ると近代主義の暗黒面がもたらすものだというの
が良く分ります。しかも使い捨て。だめになったら
また次。あるいはほったらかして立ち枯れ。
原発問題にも繋がっていそうな、、、
Re: No title
行徳様
テレビなどでよく欧州の古い通りなどを大事に守っているところを紹介していますね。
そこには、その土地を守るという人が必ず存在します。
また、いろいろな面で文化が育っています。
中国、日本はまだまだです。残念なことです。
何故文化が育たないのでしょうか。
歌舞きなどの藝術は育ったのに、今は地方において育っていません。
何か、金銭欲、出世欲、名誉欲などの欲が悪さをするのでしょうか?
政治の世界がつまらない欲の世界を作っているようにも思えます。
石岡にも文化を育てなければいけないと思っています。

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