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石岡の醤油産業は何故廃れたのか?(2)

 街は明日からのお祭りの準備で忙しくなっている。垂れ幕、テントの設置、祭り関連グッツも売れている。
部外者の私には関係ないが、これを楽しみにしている町内の人も多い。
さて、昨日このブログのタイトルで書き出したが、もう後悔している。
結論もなく書き始めたのは、これを詰めていくと現在の石岡の置かれている現実の姿が見えてくるように思ったからだ。
あせらずにこのテーマは他の内容を挟みながら書いていきたい。
でも本音で書くと、誰かさんの逆鱗に触れるかもしれないので、問題提起程度にしておこう。
こう書いてきて逆鱗(げきりん)という言葉が気になった。逆さのウロコに触れる?
龍に一部逆さ向きの鱗があり、これを触ると怒って食べられてしまう??
まあ、龍神山の龍は山が削られて帰るところがない。逆鱗に触れるような話もできそうにないな~。
さて、昨日の子規の話は明治22年で、まだ常磐線が開通していない時だ。
今日は明治34年に書かれた平野松次郎氏の「石岡繁昌記」の内容である。
鉄道開通後5年ほどが経ち、石岡の街が活気に満ち、生絲問屋などが増えてきていた時だ。
内容の一部をそのまま掲載しよう。
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石岡町が常陸西部の一都会として年々発達し来れるは既に前述の如とくにして往時国府と称したりし時代の現象を見るも亦遠きに非ざる可し、
而して斯くの如く前提盛運を期するに至りしは当町人士の堅忍にして能く事に耐ゆると、
風土の諸般製造業に好適すると、
水質良好にして清酒醤油の醸造芳醇なると蚕桑の業長足の進歩をなせるとにあり、
加ふるに交通の機関完備して益々斯業の発達を促かすあり、
当町の殷賑(いんしん)を来たす亦(また)宣(うべ)ならずや。
最近の調査に於ける最高税額を収納せる富源を表示すれば
醸造業に於ける酒類の石高12,102石・・・に対する税金145,310円・・・、
醤油石高11,156石に対する税金22,312円
従業者157名に対する蚕絲税金167,350円余にして・・・・・。
地祖:7,901円
所得税:2,078円
営業税:2,378円
人口:男 6,997人 女 6,718人 戸数 2,493戸
諸税を合算すれば三十万以上となる。
既に統計に於いて最大富源を有するは論する迄もなく明かなる事実なり
左れば当町は益々業務の発達すると共に富を増し人員を加へ
終には帝国東方の一大繁都たるに至るは敢いて疑はざる処なり、
而して最も有望なる醸造業及び蚕絲業は全力を尽して聲價を揚げ、
国内は勿論宇内(うだい)の市場に収利の根源を作らざる可からず。
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本繁昌記は本文よりも、当時の各お店の看板や広告が載せてあることであり、
当時の石岡駅の時刻表も載っている。大変興味深い。
では醤油に限って少し見てみよう。
shouyu01.jpg
shouyu02.jpg
shouyu03.jpg
今回はまずは当時の状況の理解のために紹介までしましたが、本文にあるように帝国東方の一だとか宇内一だとか、当時の様子が見てとれて面白い。まずはご参考まで。

醤油産業 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/09/17 20:30
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