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道標-ガラミドウ

 昨日泉町にあったされる愛宕神社について書いたのですが、読者の方より、そこは国分寺の七重の塔があったのではないかとされる「ガラミドウ(伽藍御堂)」の近くではないかとご指摘を受けた。

私はこのガラミドウについては詳しくは無く、現在の国分寺の東側100~200mくらい離れた所に七重の塔があったとされる礎石があったという記事を見ていた程度だが、何処かわからずに、探してもなかった。

地図で見て、確かにその近くだと気がつき、神社の場所も前に探していた場所よりも一つ国分寺側にあったようなので、確認しに行ってきた。

国道355線のNTTの手前のマンションの脇から東に入る道があり、そこに「国分町」の石柱が立っている。

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この町の石柱のところを右に入ると、奥に古い墓地が広がる。
この墓地を「ガラミドウ墓地」と呼ばれているようだ。昔の国分寺や千手院の寺領の場所で、このあたりの地名にガラミドウと残っているらしい。

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この墓地はかなり古くからのものではあるが、この墓地内に管理する小屋や寺はない。国分寺で管理しているのだろう。もっとも国分寺の境内にも裏手に墓地はあるが・・・。

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今回の地震で、この墓も古くからの墓石が倒れてしまった。この修理がなかなか進まないようだ。
市内にもまだたくさんのお墓があるが、奥の方に行くと重機も入れないところも多い。大変である。

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このガラミドウ墓地の途中から左(北)に入る道が2本ある。上の写真は最初の道で、これは向こう側までつながっており通りぬけができる。
昭和10年の地図に載っていた「愛宕神社」はこの住宅の辺りであるが、今は何もないようだ。

garami06.jpg

2本目の通りは途中で行き止まりで、地図によるとこの突き当りの空地辺りが、伽藍御堂の塔があったと思われる自然石が14個あったとされる場所と思われる。
現在はM乳業さんの管理地となっていた。この重要な場所の発掘はまだほとんど行なわれていないという。

昭和の初期の写真にこの石が写っているのだが、その後どこかに行ってしまい、現在は一つだけ現在の郵便局の前の線路沿いの道を拡張整備する時に見つかり、数日かけて、今の国分寺の千手院山門前に運こばれて展示されている。

ここの愛宕神社はこの空地の近くにあったようだが、現在は住宅になってしまったようである。
新宿を泉町に変えた時にでも立てられたのではないかと思う。なにせ愛宕神社は「防火」の神様ですから。

石岡の街の「愛宕神社」は調べてみる価値がありそうですが、また時間がある時に。

道標 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/06/16 19:18
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