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杉の井と茶屋場(2)

 さて、昨夜UPした「杉の井と茶屋場」の続きです。一般の案内では別々なのですが、これを関連付けて見てみたら何か見えてこないかと思い書いてみたのですが、まだよくイメージは湧きません。

石岡の一里塚(台風で片側の木は切ってしまいましたが、残った木も危険だからとして切られてしまいました。)が昔の街道の名残を残す唯一のものとなっています。
しかし、この先には杉並木が続いており、昼でも暗く、近代化の妨げとなる?と道路の整備とともに切られてしまいました。
確かに街中には邪魔とも考えられたとも思いますが、それではこの通りが発展したかというとそうでもないのです。
大型安売りスーパが今春に閉店。その先の回転寿司のチェーン店は昨年?閉店。またその先にあった郊外型の本屋さんは止めて、今はコンビニに変わっています。
地名の「杉並」が残っていますので、わずかに思いだせるでしょうか。

県の整備で昭和63年にまだ一里塚のエノキが健全であった時に「江戸街道・水戸街道」の宿場の絵図が看板に描かれています。こちらはまた後で紹介できるかと思います。
こっちの方が旅行者には興味はあるようですが・・・。

さて、もう少しいくとその先左側に「水戸信用金庫」の建物があります。

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平成19年に金融機関の合併統合が進んで、この金庫は別な場所に統合されました。今も建物は残っていますが、営業はしていません。

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この信用金庫の建物手前に奥に入る狭い道があり、奥に「万能塚」と書かれた看板があります。
その奥にこんもりとした塚と大きめの石が置かれています。

石岡と言えば、「万能(まんのう)」を忘れてはいけないようですが、今の人は知らないですよね。
私もよくわかりませんが、「農具万能(鍬くわ)は大変便利な鍬で備中鍬を改良し、「耕起・破砕・均平」すべてに使える2本~5本歯の鍬である」となっています。

発明品ですが、特許も取っていないので誰でも作れたといいます。とても便利で広がったようです。
この鈴木万能さんとこの塚の関係がいまいちわからないで困っています。

この「鈴木万能(鈴木平左衛門)」さんのお墓は市内の「常光院」にあります。自宅も香丸町の方にあったと聞いています。
この「万能塚」には、旧書に「万能塚は、今の万能の先祖にて、大和大峰山に信心して、それより万能と云う法号を得たり。この人の葬りたる故に、万能塚なりと云う。本姓は鈴木氏なり」書かれているようですので、万能の先祖が葬られたところと解釈できそうです。

まわりから、鉄屑などがでてきているので、ここで万能を制作していたのではないかと・・・。

何とも歯切れが悪いが、こんな説明しか出てこない。これ以上とりあえず調査はあきらめよう。
説明の中に「ズバイ」という地名が近くにあり「熱灰」のことだろうとなっていましたが、今後探れば、こちらは何か出てくるかもしれない。

更にその先を行くと「茶屋場住宅入口」という信号があります。

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この辺りに、水戸の殿様のお休み処があったようです。
左側の少しこんもりとした空地とその先の駐車場あたりにあったのでしょうか。

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資料(石岡100物語)によると、住宅地の開発された昭和30年以前には、高さ1mくらいの土手で三方を囲われた200坪ぐらいの茶屋場跡が山林の中に残されていたそうです。

また、江戸時代には、この茶屋場にみごとな松の木があったと書かれていたと思います。ちょっとの記憶だけですので、あまりはっきりはしません。

しかし、今は信号機の名前「茶屋場住宅入口」と町名の「杉並」だけでは、昔の陸前浜街道、水戸街道を探して歩かれる方には少し寂しすぎますね。せっかく一里塚が切り株だけでも趣を残しているのですから。

例えば、街道側に「杉の井」への道案内を入れるとか、杉並木の説明を泉橋の上だけでなくこちらにも少し看板を立てるとか、万能塚の説明も来る人にわかるように入れるとか、茶屋場にも説明看板を設置するなど・・・何とかできないものでしょうかね。

訪れる人の気持ちを是非汲んで、観光にも力を入れてください。
観光客は、そんな看板を見つけただけで、あちこちに宣伝してくれますよ。
これからは駅前でレンタサイクルをもっと夜遅くまで営業できませんか?

駅の駐輪場を整備し、観光客に貸し出す自転車を確保するなど工夫できると思います。
また、どこか数か所の市や駅とタイアップして自転車も乗り捨て可能ならさらに嬉しいですね。
いつも行政区分でしかものが見えないなんて、自らが計画して殻を破ってください。
もちろんやっても観光客が来ないなどとの嘆きが聞こえてきそうですが、それは工夫の仕方が悪いせいです。
計画がいつも点になってしまっているからです。線から面に広げる必要があります。

また、案内看板などですが、一律に立派な看板を設置していますが、「全体の中でどのように雰囲気を作れるか?」とか、イメージがわきやすいように屋根をつけるとか、遠くからでも見つけやすく、そこに行ってみてみたいと思わせる工夫が必要です。

今、泉町の橋およびその歩道に説明のプレートなどがあり、この一里塚にはそれなりのものがあります。
ここは観光客は「来て良かった」と思うでしょう。しかしその先は行里川の昔の面影を残す屋敷まで、何もないと思って通り過ぎてしまいます。本当に何もないのでしょうか?
杉の井の井戸は枯れても、鉄分の少ない水は美味しい水であり、酒造りに活かされているはずです。
「湖北の名水」でも近くで販売したら?

石岡には昔あちこちから道が集まってきていました。
どんな道かって? そう。これもわからない道がたくさんあります。調べたくてもどうなっているのかさえ分からない状態です。

古東海道終点の都市「石岡」、鎌倉街道、陸前浜街道、宇都宮街道、(笠間)江戸街道、真壁柿岡街道、筑波府中街道、小川街道(原道)、高浜街道・・・探すととても面白いです。
  

府中六井 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2011/06/21 07:13
コメント
万能塚
数年前、母と銀行を訪れた際、この万能塚なるものを発見?し、「これって何???」と思った覚えがあります。「跡地復元」と書いてはあるけれど、何の説明もないので、意味がわかりませんでした。このブログで、やっとその意味らしきものがわかりました。
 「万能開発」という会社がありますが、もしかしたら、子孫の方?でしょうか・・??
Re: 万能塚
べあべあ様
むかしこの通りの両側に樹齢250年くらいの杉並木が2kmくらいにわたってあったのですよね。
この通りに歴史的な価値がないはずないですよ。
でも皆気がつかずに通りすぎて行くのですね。なんか変ですね。
一里塚もついほんのちょっと前までは榎が聳えていたのに・・・・。
こんな大切な場所なのに、何で地元の人は無視なのか不思議に思っています。
万能は多目的に使える万能(ばんのう)農具で、人の名前な「まんのう」。
これって何なのかと疑問に思ったのですが、あまり説明がないですね。

今その姿がなくても、昔あったというだけでも価値はあります。
想像するだけでも楽しいです。
訪れた人に昔を想像させる(イマジネーション)ようにする何かが必要ですね。
歩道に杉並木のタイルを敷き詰めるだけでも相当インパクトがあります。
大増の農村資料館
ROMAN様、 旧八郷大増の資料館に、万能が展示されてるようです。
Re: 大増の農村資料館
べあべあ様
調べたところ、見学には事前連絡が必要で、土日は金曜までに連絡。月曜日は休館となっています。
(時間は4時半まで)
ネットで資料に万能がでています。4本爪の鍬が載っていますね。
結構大増も遠いので、時間の都合がつけば正法寺のあじさいと一緒に見に行ってきます。

こちらの方が見たいので・・・・。

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