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石岡の醤油産業は何故廃れたのか(3)

 さあ今日から石岡のお祭りが始まりました。
子供たちからお年寄りまで何かウキウキしているようです。
お祭りの衣装を着せてもらって女の子はお化粧バッチリ。
良かれ悪しかれこれも伝統なのでしょう。
祭りは3日間おこなわれ、今日は神幸祭。
これは神様が年番の地域に設置したお仮屋に神輿でやってくるのです。
どうやってくるの? その行事は私のHPに載せていますので参考に。
その間、本家「総社宮」は神様がいない?
いいえ神様は分身の術で自分をいくつにでも分けることができるのです。本当です。
実際に石岡では2日目も別な神輿に分身して移ります。お神輿が2つあるので・・・。
この神輿は、本神輿を修理した時にもう一つ作ったものです。
 さて、今日のタイトルもまた昨日の続きですが、本当にこのテーマは途中で止めにしたいと思いますので適当にお付き合いください。テーマからも外れそうですので・・・・。
 今日は土浦にある「柴沼醤油」さんの工場を見てきました。
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工場は土浦市虫掛というところにあります。桜川の土手の脇です。
一昔前(1987年)まで筑波鉄道が走っており、この虫掛に駅がありました。
石岡の鹿島鉄道が廃止になる20年前です。私もまだ隣町に住んでいました。
廃止になる最後の日に家内が子供を連れて想い出に乗りに行きました。
時の流れなのだろうが工夫も足りないような・・・。後味の悪さが残ります。
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「柴沼醤油」さんは1688年創業というから、もう320年以上になります。
テレビ「はなまるマーケット」で美味しい醤油一番に選ばれて、全国的にも知られるようになったようです。昔は「地元にも醤油があるんだ。」程度しか認識していなかったのですが・・・。
しかし、一部の料亭や料理屋さんなどでは人気もあったようです。
写真の「紫峰(しほう)」は筑波山の別名で、この写真は我が家の使いかけのものです。
我が家でも愛用しています。美味しいです。でも人間はテレビなどの宣伝に弱いですね。
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創業315年を記念して隣りに公園風の展示場をオープンさせています。
展示してあるのは120年以上使われてきた杉(正目)の諸味木桶です。
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この木桶は平成10年まで使われていたものだそうです。杉も竹も九州産と説明に記載されていました。
土浦の醤油は銚子、野田より少し遅れてスタートしました。
これは霞ケ浦周辺で大豆が良く栽培され、銚子や野田もこの霞ケ浦産の大豆を使っていたのです。
土浦から船で江戸に運ばれ、三大産地といわれるようになりました。
醤油のことを「むらさき」というのはこの筑波山の紫峰の別名からきているともいわれ、また「おひたじ」というのも「お常陸」からともいわれます。
これが「ひ→し」となり「御下地」となり「京言葉」にもなったのかもしれません。??
でも常陸や筑波山なら土浦よりも石岡のイメージが古代では強いようにも思います。
石岡の醤油は土浦よりも少し遅かったようです。
また江戸よりもむしろ「水戸」の方に販路を向けていたようです。
そして、土浦を凌ぐほどに生産されて行くのですが・・・。
この霞ケ浦周辺の大豆が海外産に押されて・・・。今は国産大豆が見直されているのに・・・。
では、今日はこの辺で。

醤油産業 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/09/18 21:13
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