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石岡の醤油産業は何故廃れたのか?(5)

 今日はお祭りの最終日です。
還幸祭という行事で、お仮屋に設置された御神体が総社宮に還る日です。
午後2時お仮屋を出発して街中を練り歩き4時過ぎ頃に総社宮に到着です。
ただし、おまつりを見に来られた多くの観光客にはこの神事は人だかりで「何か面白そうなことをやっている」程度の思いで見ておられるのではないでしょうか?
私も一昔前まで、壮大な山車と人の熱気を見にやってきた一人です。
神事と祭りが一体でなければ意味がありません。
どちらか一方だけでは成り立たないのです。
山車で演じられるお囃子も伝統を受け継いでいるはずなのに、
その意味もあいまいのままです。
石岡は「古き良きもの」が多くあるために、
却って今の置かれている立場を理解できないまま、
新しいことにもチャレンジ出来ないでいるように思われてなりません。
もう一度「石岡のおまつり」の原点に帰って再構築しようと立ちあがるべきではないかと考えます。
基本を曖昧にしておくと、他所の方から聞かれてもその回答に窮してしまうばかりです。
これは、今回のテーマに挙げた「石岡の醤油産業は何故廃れたのか?」にも共通するようです。
醤油の産地として銚子と野田を挙げましたが、これは「ヤマサ」と「キッコーマン」です。
始まった時代は土浦などよりも30~40年ほど早かったといいますが、いずれも江戸初期です。
ヤマサではは紀州から醤油製法が伝わり江戸を消費地として水運の便にも助けられ、発展をとげたといわれます。
江戸・明治時代は主原料の大豆、小麦は国産でした。
しかし、このほとんどを海外からの輸入に頼るようになります。
現在は一部で国産も使われていますが、90%以上は海外産です。
有機丸大豆などと書かれているものでもほとんどは輸入品です。遺伝子組み換えなしもそうです。
そのため、霞ケ浦周辺の農家は大豆などの生産を止めざるを得なくなります。
この際に、石岡の醤油産業業者はどうしたのでしょうか?
この流れに乗れずに、徐々に衰退の一途をたどってしまったと思われます。
その頃、石岡は米穀商・肥料商や生絲産業がブームを迎えます。
茨城県では古河に次ぐ製糸業の盛んな地域となるのです。
この製糸業は機械化が必要で多くの工女などを雇い入れて産業が進みました。
しかし、これもブームが去ると海外などの競争に負けていきます。
これはこの都市に限った事ではありません。
機械産業も発達するチャンスでもあったのに・・・。
しかし、これをはねのけ新しいものにチャレンジしていくバイタリティが感じられません。
もちろん、これは「自分がここに参加していないから呑気なことを言っていられる」とお叱りを受けるでしょう。
しかし、この清酒、醤油、生絲などの産業で力を得た人たちの多くが、この地方の名士となり銀行・商工会・議員などになっています。
さて、現在石岡とはどのエリアを意味する言葉でしょうか?
石岡市街地活性化プランが国の承認を得られてスタートしました。
しかし、石岡市に住んでいる何人の方がこのことを御存じなのでしょうか?
お祭りの旧町名に名を連ねているエリアが石岡なのです。その近辺は?
今八郷地区が石岡市に組み込まれました。
多くの里山の残るエリアです。その発展を願って止みません。
石岡市中心市街地活性化計画についてはこちらを参照してください。
その計画を見てとても残念な気持ちでいっぱいです。
市街地エリアの通行人の推移が年々減り、計画ではこのまま減り続けるのを止めて、ほんの少しの上向きを目指すというものです。
八間通りの空き商店を利用して「産直野菜販売」「高校生のスイーツの店」などのオープンを計画しています。
「産直野菜の店」は、市内に扱う店が少なく、市街地の人が不便だといっているから・・・。
という理由のようです。
積極的に周辺住民を呼び寄せるとか、外国人を含め多くの観光客に来ていただくという発想がありません。
もう止めようよ。内向きな発想は。
大きな補助金はどこに使われ、消えていくのでしょうか?
昨日、B-1グルメの大会が開かれました。会場に集まった人数は40万人です。
石岡のお祭りの3日間の見物客の数とほぼ一緒です。(本当は?)
ここで甲府の「鳥もつ煮」に決まりました。
甲府市の職員が必死で名物を探して2年半かけて挑戦したとのこと。
一度、石岡の観光行政を見直してみませんか?
お祭りに来られた方は屋台の焼きそばなどを食べる方ばかりではないでしょう。
お昼は近くの食堂などを探しています。
しかし、一度市の職員の方もご自身が遠くからこの地に電車に乗ってやってきてくれた人と同じ思いで、食事処を探してみてください。
どこに行きますか?わからないのです。地元の人には他人の気持ちがわからない?
何が自慢できるものなのですか?歴史などだけでは発展できません。
他の街よりも簡単に地域おこしができるように思います。その気になれば・・・・・。
先日「常陸風土記の丘」に行ってきました。
休日でもなく、来園者は少ないのですが、それでも何人かの観光客の方が見えていました。
団体バスや車で来られた方なら良いのですが、帰りのバスがないのです。
柿岡街道のバス停まで、暑い中を黙々と歩いておられました。
パンフレットでは10分と書いてありますが、結構お年寄りには厳しいですよ。
何か工夫がありませんか?
シルバーのボランティアなどで、最寄りのバス停までお送りしたりお迎えしたり出来ないのでしょうか。
他の観光地にも参考になるところがいくつもあるでしょう。
石岡は、他所のまねはするけどうまくいかないとすぐ他人のせいにしてしまうように思います。
石岡市のHPは最近きれいになりました。きれいといっても昔はひどかったのですこしまともになった程度だと思いますが、商工会議所、風土記の丘などのHPは失礼ながら見るに堪えません。
観光行政を市のうたい文句にするならば、市のHPも英文などはこれでは困ります。
いつまでも、申し訳程度に載せているのです。外人の気持ちで見てみてください。
とても恥ずかしく思っています。
今回のテーマは段々と掘り下げていくとつい愚痴っぽくなってきそうなのでとりあえず終了です。
また気が向いたら書いていきますね。
あっ。そうそう一つ書き忘れてました。土浦の醤油「紫峰」の原材料をみると
名称:しょうゆ加工調味料
原材料:しょうゆ、かつお節、水飴、みりん・・・(原材料の一部に大豆、小麦を含む)
となっています。すなわち「こいくち醤油」などとは違ったものです。
味にこだわったもの別物ですね。これが生き残りの秘訣かも?

醤油産業 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/09/20 08:56
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