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府中六井(5)-鈴負井

宮部なる瑠璃の光の薬とて 口にくくめる鈴負井の水

昭和30年代に次々に姿を消していった府中六井。何とか3つは案内板なども整備され、昔を少し思い浮かべられるようになっているが、残りの3つはどうなっているのでしょうか。
昨日は産水に使われていたという室ヶ井の場所を、景清伝説と共に考えてみましたが、今日は「鈴負井」です。「鈴緒井」とも書くようです。

場所は宮部下の先の田圃の中です。
355線バイパス(旧石岡有料道路)の旧料金所の近くです。

どうやら、一か所ではなく、数か所で湧水がありそれぞれにみな鈴負井と言われていたようです。
現在は「府中橋」から真っ直ぐにこのバイパスへの道を建設しています。今年の1月に途中を紹介しましたが、まだ未完です。(こちら

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場所を確かめようと、現在の建設道路の1本北側の田圃のあぜ道に足を踏み入れました。
すると、田圃のあちこちに白鷺がいっぱい。

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近付くと飛び立ってしまいました。

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バイパス道路から田圃三枚分くらいは行ったあたりというので、この場所くらいでしょうか?
水は結構ありましたが、湧水は良くわかりません。あちこち湧き出しているようでもあります。

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飛び去った白鷺が、向こうの方を悠々と飛んでおりましたら、また頭上の方に戻ってきました。
すると近くの田んぼに隠れていたもう1羽の鳥がバタバタと飛び立ち驚いてしまいました。

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田圃の向こうに筑波山が見えます。手前に走っているのが常磐高速道路です。

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現在取り付け道路の工事中ですが、355バイパスにも歩道が一部ですが付くようです。



さて、この場所は、大変豊かな田圃がありますが、石岡地区では一番?低い低地です。
この西側には恋瀬川が流れており、その先は志筑の町に出ます。
志筑には万葉集に歌われた「師付の田井」があります。こちらの井戸も歴史は古く今でもコンコンと水が流れ出ています。
常陸国府の役人であった高橋虫麻呂は、筑波山に登って、こちらの常陸国府を眺めた時に志筑の田もこの辺りの田も同じに見えたでしょう。
恐らくこの志筑川(恋瀬川)の周りに豊かな湧水があり、田園地帯が広がっていたのでしょう。
時は秋の暮れでしょうか。今頃登っていいればまた全然違った歌になっていたでしょう。

万葉集(第九-1757):
草枕、 旅の憂いを 慰もる事もあらんと 筑波嶺に 登りて見れば尾花散る、 師付の田井に雁がねも 寒く来鳴きぬ。・・・・
 

府中六井 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/07/11 18:47
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