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難読地名-嘉良寿理

 このブログでも何度か地名を取り上げてきました。
ブログを書くために調べるうちに、最初の頃と比べて地名についても自分の見方も大分変わってきたように思います。

 さて、石岡に「嘉良寿理」という地名があります。何と読むでしょうか?
「カラスリ」と読みます。漢字をそのまま読めば読めますね。
でも普通の人は読めません。どこか不思議な地名です。周りの地名「林」「山崎」「柴間」「瓦会」などとはニュアンスが異なります。あきらかに言葉があって漢字はあとからあてはめられたということでしょう。

八郷町が石岡市と合併したのは平成17年10月。下の「八郷町史」が出版されたのは平成17年の3月。「八郷町の地名」の方は平成15年12月です。これは平成の大合併が検討されていた平成12年から八郷町の名前がなくなるのを危惧して作成されたものです。
大分急いで作成されたため、内容は不十分と思えるか所が散見されますが、その労は多とさせていただきます。

石岡にも地名の立派な本が出版されていますが、基本がどうしても元禄や天保などの時代にしかさかのぼれず、こちらからのアプローチは必ず一方的な解釈にならざるを得ないように思います。
八郷の地名の本は内容は兎も角、字地名や昔の集落の地名がかなり列挙されており、記録としての価値がありそうに思います。

yasato02.jpg

「元禄郷帳には鷹爪、天保郷帳では烏瓜、新編常陸国誌では烏瓜(加良須宇里)、明治17年の陸軍部作成地形図は加良須里とある。現在は嘉良寿理と表記している。本来は「涸州里」で水の少ない谷津地集落の意であろう。一方では「唐住里」で大陸渡来人の住んだ集落説を唱える説もある。
 集落の北側台地上には、瓦谷街道(後宇都宮街道)の古道があり、街道沿いには茨城県指定文化財の嘉良寿理経筒出土地、旧嘉良寿理村社貴船神社がある。・・・近世旗本領、・・・天保14年の戸数は16戸である。」

と書かれています。この場所を谷津地(恋瀬川支流の一つの源流地)と見るか、まったく別の見方があるのか? 唐は昔はインド、中国、韓国などの地はすべて唐という見方もあります。

さて、ネットで検索して見ると、「あやしい地名研究」という変わったサイトがありました。登録された地名からある単語で検索をして、その地名の分布と縄文遺跡の分布などを突き合わせていた。
おもしろい手法だと思う。
ここでは「カラス」「ラス」「シラス」などの語で検索して解釈を加えている。
1)「カラス」を含む地名は背後に険しい山のある「岡」にあることが多いといってよい。
2)「からす」は山の人々、「から」と呼ばれた人々の「巣」ではないか。「か」は「かみ(上)」「かむる(被る)」の「か」であり「上のほう(も人々)」となる。「かす」ではなく「からす」であるが「ら」とは何か?「ら」は「そこ等」「僕等」「はらから(同胞)」の「ら」であると思う。複数を表す「ら」である。
となっています。
また「唐」についても解釈がなされ、天竺などインド、中国、韓国などは遠いところと、高いところと解釈しています。
おもしろいですね。

karasuri01.jpg

高台の丘の上からは東には難台山などの山並みがきれいだ。

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地区にある貴船神社にあるスタジイは市内の古木としても大変大きな木である。
訪れる人もほとんどいないが、幻の旧宇都宮街道の休憩場所としても旅人をいやしたに違いない。
この高台からは両側の山が見渡せる。

karasuri03.jpg

さて、この八郷や石岡の地名をデータベースに取り込んで、ほとんどは郵便番号帳で取り込めると思いますが、検索プログラムでも作成して検討して見たいと思うようになりました。
そのうちにやってみましょう。プログラムは単純なものならEXCELで意外に簡単にできそうです。


  

地名 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/08/02 19:35
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