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茨城の県名(1)-茨城県の誕生

この茨城の名前の由来をテーマにブログでも書いてみようと思い始めてからもう3カ月も経ってしまいました。

 いつも記事が長くなる場合は1日で書けないので、下書きの記事を書きながら途中で追加したり訂正したりしているのですが、今回の記事は少しも書き進めることができませんでした。

記事を書き始めたのは7月中旬でしょうか。

少しずつ書いてきたのですが、どうもまとまらないのでボツにしようかと思ったのですが、もったいないので、中途半端だけれどUPする事にしました。

この茨城県という県名ですが、中央政権的な発想で決められたようで、私はあまり好きなネーミングではありません。
茨城県の不人気の一因にもなっているように思っています。

「茨(いば)」というとトゲがあって痛いし、眠り姫が100年間眠っていたら、野原は「茨」だらけになって、そこを王子様が切り開いて進むというイメージ(未開の土地)が働きます。

しかし、歴史的にみれば明治政府に水戸藩の人間がほとんど入れなかった(というよりも幕末の騒乱で多くの人物が殺された)ために、やむを得なかったでしょう。

 県の名前のいきさつを調べてみました。

明治2年6月の版籍奉還の時には茨城県域は14藩(水戸・土浦・笠間・古河・松岡・石岡・下館・結城・谷田部・志筑・牛久・宍戸・下妻・麻生)があり、藩主がそれぞれ藩知事に任命されました。

その後出入り(谷田部が消え松川・龍崎の2藩が加わった)はあったが、廃藩置県では藩が県(天領を除き15県)となります。こんなにたくさん県ができたのですね。

 その後、明治4年11月13日にこれらは、茨城県(県北・県央)、新治県(県南・鹿行)、印旛県(県西)の3県に統合されました。そして県庁もそれぞれ水戸・土浦・千葉県印旛郡に置かれました。

この時に「茨城県」という名をもつ県が誕生し、茨城県の県民の日は11月13日となったのです。

そして、明治8年5月7日に新治県が廃止され、茨城県と千葉県に分割編入が行なわれ、水戸が中心でしたので「茨城県」が残って現在の姿になります。

 では、私のいる石岡市はどのように名前が変わっていったのかを見ると

明治2年6月17日:常陸府中藩(常府)から石岡藩へ名称変更(版籍奉還)
明治4年7月14日:石岡藩は石岡県へ名称変更(廃藩置県)
明治4年11月13日:石岡県は他の県と合わせて新治県に統合(茨城県、新治県、印旛県ができた)

従って、石岡は茨城県という県名ができた時には、新治(ニイハリ)県に属していたのです。
意外にこの辺りのいきさつを書いたものが少ないですね。
あまり興味もないかもしれませんが少し詳しく書かせていただきました。

 ここで疑問に思うことは、水戸を含む県央・県北地域が何故「茨城県」となったのでしょうか。
このいきさつが良くわからないのです。

もちろん「常陸府中」が「石岡」にかわったのも真相は不明です。

(少し、注釈を付けないとあちこちからクレームがきそうですので、この石岡の名前については色々な解釈や本もでています。市でも「石岡の地名」という本を作っています。ほかにもたくさん説明はあります。
ですので、ここであまり論じるつもりもありません。
これらの資料によれば、ある程度いきさつはわかるのですが、しかし、何故「石岡」などという名前を探して藩の名前にせずに、「常府」などの名前をつけようとしなかったのかが不明なのです。
これは廃藩置県の時ではなく、その前の版籍奉還で「石岡藩」になった時のことです。
このいきさつは駿河府中(駿府)が「静岡県」になったのと、とても良く似ているように思います。)

水戸は水戸学の中心であり、大きな思想的影響力があったが、天狗党はじめ多大な犠牲者を出し、明治政府には要人を入れることができなかったのです。
むしろ、その影響力を弱めようとする力が新政府に働いたのだと思います。

このため、水戸を含む地域が「茨城県」という大昔の名前を持ってきたのでしょう。
「新治」についてもヤマトタケルの頃からある名前ですので、大昔からの名前ですね。
現代風な見方をすれば、全て「野暮ったい名前」になっていますね。

これが、「水戸っぽ気質」などと言われる県民性もあり、都会では人気のない県としてトップに名前があげられる一因となっているように感じています。

明治に鉄道ができるのも比較的遅かったと思います。

明治18年に東北本線が大宮-宇都宮間に開業し、明治20年に水戸-小山間に水戸鉄道が開通しました。
友部-土浦間の土浦線開通が明治28年で、この時に石岡駅が開設されています。
その後東京田端-土浦間の鉄道開通は明治29年12月です。
これにより現在の常磐線の上野-水戸間がほぼ開通しています。
しかし、目的は常磐炭鉱の石炭の輸送が最大の目的でした。

しかし皮肉なことに、この鉄道が開通したために霞ケ浦の船運は急速に衰退し、石岡の港である「高浜」も町としても衰退してしまったのです。

このことは、今では逆に、都会の便利さとは全く違う風情を多く残す結果になっているのですから、石岡や茨城県はもっと都会などとは違った魅力をアピールしていくべきだと思っています。

 さて、次回は石岡が「茨城県名の発祥地」ということのお話です。

最後までお読みいただきありがとうございます。
よろしければ次回(明日)もお付き合いください。

・・・・以下は記事とは関係のない余録です・・・・・

 昨夜、久しぶりに6号国道沿いの「キッチンさくら」にハンバーグを食べに行ってきました。
相変わらず美味しかったですが、前行った時より気になっていた点が改善されていました。

一つはライスセット(320円)にライスとスープと今までは和食の漬物などが決まってついていたのですが、別にサラダなども好みで選択できるようになっていました。
また、このセットにはドリンク(コヒー、紅茶など数種)を好きなものが選べます。

また、たのまれたメニューもちゃんと復唱していました。良くなっていました。頑張れ~。

店内にあるジャズ人形も時間になると音楽と一緒に動きます。人形1体ごとにスピーカがついていて、楽器に合わせた音が出てきます。これっていいですね。

今月末のハロインのカボチャの飾り物もありましたよ。

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茨城の県名 | コメント(30) | トラックバック(0) | 2011/10/20 06:59
コメント
No title
おはようございます。楽しみな話題になりそうですね。茨城のいわれ、石岡の地名の謎。私には考えがありますが言いません。じっくり読ませてもらいます。次回が楽しみです。
No title
Roman様
さくら、先月行ってきました。
おいしいのだけれど、私の好きなデミグラスとは
違う系譜のソースでした。
また、意外と高いですね。東京の下町の名店と
同じくらい。
チェーン店が繁茂するなかでは貴重なのでしょう。
こんにちは
もうすぐ県民の日デスね・ 茨城県のネーミング、茨城町とは関係は無いのでしょうか?又、新治は小さな村でしたが県になっていたのには驚きました! キッチンさくらのスパイスが好きで 買う事が有ります。ステーキを焼くときに使うと最高です。
No title
すいません・・・東京都民が参加します

仕事柄地方の地名を目にすることが多いのですが
「穴虫」とかびっくりする名前がよくあります
(個人的に「穴虫」には住みたくないなぁ)

ハロウィーンのカボチャ、写真見たいです~
No title
たしかに「いばらき」って発音はださいいんだろうな(;´д`)
続きの話お待ちしています。

ヲタク受けがいいようにあしたから表示も『いば☆らき』にしましょう。

はいここで全然関係ないですが、
最近放送した「神様ドォルズ」ってアニメが茨城を舞台(架空の)にしています。
参照
http://www7a.biglobe.ne.jp/~uso9000/travel/kamido_tv1/kamido_tv1.htm

私も大子の上岡小学校は行ってみたかったので、聖地巡礼、聖地巡礼。

紅葉には、大子から大田原の雲厳寺までいって、上岡小学校から大子の永源寺を見てきたいと、予定は未定ですが。
Re: No title
troyさん

コメントありがとうございます。

> 楽しみな話題になりそうですね。茨城のいわれ、石岡の地名の謎。私には考えがありますが言いません。
・・・あらあら、そんなこと言わずに言ってくださいよ。
あまり期待しても何も出ませんよ。みんなtroyさんの知っていることだけだと思います。
でもきっと考えは近いのかもしれません。
Re: No title
行徳様

さくらはチェーン店でない地元ではましな方だと思うので応援しています。
確かに高めかもしれません。
土日は少し割高感があります。(コーヒーつきました?)
最近は東京の方に行くとすごく安い店が多く、美味しいですよね。
競争が激しいのでしょうが、あまり外食しないので最近は混むところを敬遠しているかも・・・。

さくらにとっては、このブログで1回はお客さんが増えてのでOKでしょう。

Re: こんにちは
みーさん
こんばんは。

> 茨城県のネーミング、茨城町とは関係は無いのでしょうか?

後でブログにも書かなければいけないかもしれませんね。
茨城町は茨城県ができて、昭和になってから町になる時に茨城県の中央なので「茨城町」としたようです。
歴史のある「(常陸)長岡町」などのメーミングの方が良かったかもしれません。

> 又、新治は小さな村でしたが県になっていたのには驚きました!

この新治郡や新治村などの名称は本当にわかりずらいです。
昔からあった名前が何度も場所を変えて使われていますし、
ご存知の土浦市に編入された新治村と県になった新治村は全然関係ないんですよ。
書くと長くなてしまうので、またブログにでも載せますね。

> キッチンさくらのスパイスが好きで 買う事が有ります。ステーキを焼くときに使うと最高です。

こんど買ってみたいと思います。情報ありがとうございました。
昔ステーキ宮のたれは良く買っていたこともありますが、最近ステーキもあまり食べないです。
Re: No title
NINA27さん

こんばんは
> すいません・・・東京都民が参加します
・・・参加大歓迎です。

> 仕事柄地方の地名を目にすることが多いのですが
> 「穴虫」とかびっくりする名前がよくあります
> (個人的に「穴虫」には住みたくないなぁ)
・・・皆さんそうですよね。茨城は歴史が古いところほど変な名前が多いです。
「狢内(むじなうち)」なんてあまり住みたくないですよね。
ここも龍明にかわりましたが・・・

> ハロウィーンのカボチャ、写真見たいです~
・・・残念ながらカメラ撮ってないです。大きなとんがり帽子をかぶせていました。
カボチャは私のブログのプレトにあるような感じ??
こんど機会があれば撮って載せますが今月はもう行かないだろうな。
Re: No title
kurokenさん

続きはあまり期待しても何もないですよ。
まあ、何処からか怒られない程度のことしか書けません。

> ヲタク受けがいいようにあしたから表示も『いば☆らき』にしましょう。

・・・いいですね。でも私は年寄りですからすぐに忘れそうです。

> 最近放送した「神様ドォルズ」ってアニメが茨城を舞台(架空の)にしています。
・・・確認しました。このように対比しているとわかりやすいですね。
大子には今週土曜日にまた行くと思いますが、この小学校は少し遠いですね。
行けないかもしれません。
下小川駅の橋が出てきていますが、上小川駅はよく通ります。
また、常陸太田の1校の校舎も土浦一校と同じで文化財に登録されていますね。
こちらも見たいなと思います。

> 雲厳寺までいって、上岡小学校から大子の永源寺を見てきたいと、
・・・行ったら紹介楽しみにしていますよ。
追伸
新治とは 協和の新治ですか?
Re: 追伸
みーさん
良くご存じですね。
しかしこの明治にできた新治県は全く違います。
石岡、土浦、かすみがうら、牛久、龍崎などかなり大きな領域です。
奈良時代の新治郡は協和町の古都が群衙でした。
万葉集などに出てくるニイハリです。筑波山北西側の一帯です。
No title
Roman様
東京の下町名店は長年シビアに戦っていますから
質も高いうえ、お値段もお得という店多いですね。
互いに切磋琢磨しながら共存共栄しているのですから
資本主義の理想的な姿かもしれません。


上小川!懐かしい。子供のころキャンプに行っています。この校舎も行ったことあります。
映画少年時代にもつかわれませんでしたか?
こちらもアニメの聖地となりましたか!慶祝!
Re: No title
行徳様

チェーン店でも地域密着の店でもどちらでもいいから
廃れないでやってほしいと願うばかりです。
石岡は町の人口規模の割に食べ物屋さんは多いです。
もっともファッション関係の衣料品などはダメです。
しまむらやサンキでいいという人ばかりのようです。

逆に都会に出ると安くておいしいのにビックリですよ。
でも何処も競争が厳しいのでしょうね。
安くするためにチェーンで店舗の数を増やさなければいけないようです。

> 上小川!懐かしい。子供のころキャンプに行っています。この校舎も行ったことあります。
> 映画少年時代にもつかわれませんでしたか?
> こちらもアニメの聖地となりましたか!慶祝!

・・・アニメもほとんど知らないのでわからないけど、こうして見えると田舎も結構いいですよね。

No title
ROMAN様
サイゼリヤなどは概ね工場で作っているので
味気ないと思いきや。ちゃんとうまい速い安いを
実現していて頭さがります。間違いなく世界トップ級です。ところが下町老舗は見かけ上の値段は高いですが、コストパフォーマンスは同等以上なのですよね。
東京近郊でもだめなところはだめ。

そう言えばテレビでもやっていましたが、御徒町の食堂、ハンバーグ定食880円、とんかつ付。
店先の食品サンプル見ると、ハンバーグもとんかつもフルサイズ。見ただけでギブアップですが、これが今時の東京ですね、、、、。
行徳にもありません、、、、。
No title
こんばんは。
地名にはそれぞれ色々な由来があるのですね。
調べてみると新しい発見があったりして楽しいですね。
レストランのでの気になっている点が改善されたのは良かったです。
「ハンバーグ」は私も大好き」です。
サラダが選択できるのも良いですね。
お店が良いほうに改善していくのは嬉しいですよね。


Re: No title
行徳様

なかなか都会のようにはいきませんので、山椒は小粒でもピリリとしたものが欲しいです。
私はサイゼリアなどはあまり利用しないのでわかりませんが、石岡は有機野菜の宝庫。
ブタもあればシャモもある。
本当は隠れたものがあるのですよね。
なんとかしなくては・・・。でも東京は東京ですよね。こちらと比べるのは無理。
これは街の魅力と同じで、都会にない魅力があるはずです。
Re: No title
ふみりんさん
こんばんは。
最後まで読んでくれたのですね。嬉しいです。
地元のネタですので、ここに住んでいない人にはあまり関心を持ってもらえない
テーマなので心配なんですが、これも一度は書いておかなければならないので。

> 「ハンバーグ」は私も大好き」です。
> サラダが選択できるのも良いですね。
> お店が良いほうに改善していくのは嬉しいですよね。

地元のお客さんがほとんどの店ですが、都会のお店などの良いところはとりいれ、
社員教育もきちんとやる。これは絶対に欠かせないテーマです。
若い女性4人が働いていましたが、大手のレストランに比べてこの教育が劣ると思っています。
改善されていくことが嬉しいですね。でもまだまだですが・・・。
No title
ROMAN様
ネタが食い物に寄ってしまいますが、
地元の老舗と言うのも場合によっては問題あり、
常連にはやたら気を使い、主人が客と親しく話したりする一方、一見には冷淡。注文も取りに来ず、二度と行くか!となった店が何件か行徳にあります。
これ経験するとサービスが均質なチェーン店の方が気楽ですね。
Re: No title
行徳さん
こんばんは。
食いものネタ大いにやりましょう。
前にも議論しましたが石岡って食事にできる店は規模の割に多いですね。
外食は意外に多いのかもしれないと思ったりします。
外食チェーンのお店もたくさんあります。
多くのチェーン店は皆店員さんのサービスがいいですよね。
地元で昔からのお店は常連さんだけでいいと思っているのかもしれないですが、
これではじり貧ですね。
石岡で醤油産業がダメになったと書いた時と同じですね。
将来をしっかり考えて、それに合わせた投資もしっかりやっていく。
ですよね。サービス向上はもちろんですが。リピーターを増やさなければいけません。
キッチンさくらなどではなれない若い店員さんだけで対応では心もとないです。
マスターが顔を出して新しい人に笑顔でも振りまいてくれたらいいのにと思います。
No title
Roman様
正直言って、近隣での身内びいきはだめだと思っています。なにか酸っぱい臭いを覚えてしまう。
ローカルに徹しながら、評判全国に広がり、新幹線に乗り、飛行機に乗り客が来る、リピートする、というのが本物でしょう。浅草あたりにはそういう店が現にあり、それでいて高くない。
そういうのが本物の名店名物なのでしょうね。
行徳も江戸以来の古い町で、良い伝統もあるの
ですが、狭い人間関係ゆえの内弁慶ぶりも多々
あり、今ひとつです。
この辺考えると朝日屋さんは本当にダイヤモンドでした。ローカル極めて、結果全国レベル。
東京近郊の当地にもこれなかったのです。
No title
Roman様
話が朝日屋に飛んでしまいましたが、
ご主人がお元気なうちに、あの店のレシピは
とにかく残してほしいですね。営業を継承する
かどうかは置いても。
あれは単なるラーメンと言う飲食業の商品では
なく、無形文化財です。今20代で食してきた
人々がいれば復活も可能でしょう。
行億にも一店あったのですが、10年ほど前に
消滅。その時つくづく思ったのが、食べ物、
消費、商売、ではなく、文化そのものだった、ということです。なんとか動体保存を、、、!
Re: No title
行徳様
地元密着のものはどうしても甘えもあって難しいですよね。
お店もお客さんがいなくても何とかやってこれたとすると意欲も衰退。
これが更に新しいお客は来ない。
私は昔の石岡の繁盛ぶりを肌では感じていないし、まして食べ物屋さんへの郷愁が無い。
その違いは歴然と感じる。
やはり、地元に密着していても外部にまで評判が及ぶ。
これって今の市の商工会などの組織活動を見ていると歯痒くなるところありです。
何処の地域にも同じことが言えるのでしょうが、殻を破るには若い力が必要。
青年部なんてものもあるが、何をどうやっているのかはわからない。
正直私には力もありませんので、いろいろとりあえずは情報発信ののみ。
狭い社会ですので、何か言うと「あいつが悪口を言っている」といわれてしまう。
「自分では何もできないくせに、好き勝手なことを書いて、誹謗中傷だ」なんて
いわれかねません。
朝日屋
行徳様
この朝日屋さんってそんなに魅力あったのですか。
私は数回しか行っていない。
店がせまくたくさんではいけないし、行くと常連さんや
顔なじみの人ばかりが行く店という感じで肩身が狭い。
また、外部からの人を増やそうとは最近していなかった。
奥さんの病気のこともあったようですが・・・
レシピ(元お肉屋さんなのでこの味ができたそうです)を
誰かに引き継いで、店も近くできれいにして再開したらいいとも思います。
こういったお店も跡を継ぐ人がいないと成り立たないですね。

> ご主人がお元気なうちに、あの店のレシピは とにかく残してほしいですね。
・・・お店の方との接点も、昔の郷愁もないのでどなたかこの願いを
聞いて動ける人はいないでしょうか?

> あれは単なるラーメンと言う飲食業の商品ではなく、無形文化財です。
> 食べ物、消費、商売、ではなく、文化そのものだった、ということです。
・・・あゝ 食文化というのもその町の大切な要素なんですね。
どうすれば・・・。
No title
ROMAN様
年数回しかチャンスありませんでしたが、いつも
食前食後手を合わせていました。あの値段であの味、
感謝して戴くしかありません。
殺気を感じさせぬまま相手を組み伏せている武道の達人のような、、、。
今いわゆる’町の中華屋’がどんどん減っていますね。後継者問題、人口動態の変化、工場などまの撤退、といろいろでしょうが、ショッピングモールに車ででかけて、チェーン店に行く以外に
選択肢がなくなったら実にいやです。
ドイツなんかはマイスター制度で食品含めて
いろんな技能を継承していますが、日本の
おいしい大衆食は同じように守る価値も必要も
あるでしょうに、、、。民間まかせというほったらかしばかり。
Re: No title
行徳様
余程思い出が強いのは青春時代にお世話になったからでしょうね
雑誌に載ったり、行列ができたりの想い出も共有できず残念です。
ラーメンの味は不思議に印象も強いようです。
味を引き継いでくれる人が現れるといいですね。
ドイツやフランスなどの伝統の味にも何かあればいいのだけれど・・・
実に多彩な日本の食文化。地方の個人では限界もありますね。
No title
ROMAN様
それがまったく少年時代、青春時代は存じ上げませ
んで、知ったのは香港から初めて帰省した94年です。日本のラーメンに飢えていたとはいえ、体が震えるほど感動しました。
もちろん家族(当時は子供らも幼く)全員スープまで
飲み干していました。家族の思い出でもあります。
Re: No title
行徳様

> それがまったく少年時代、青春時代は存じ上げませんで、知ったのは香港から初めて帰省した94年です。
そうですか。御家族みなさんファンになる魅力があったのですね。

私はこちらに来他のが6年くらい前ですので、あまり知らないんです。
最初に一人で行きました。地元の方ばかりで話していますので、狭いし少し居心地が悪かった気がします。
もう一度はイギリスに行っていた娘を連れていきましたが、印象はイマイチのようでした。


日本のラーメンに飢えていたとはいえ、体が震えるほど感動しました。
> もちろん家族(当時は子供らも幼く)全員スープまで
> 飲み干していました。家族の思い出でもあります。
No title
ROMAN様
いわゆる足し算の味に慣れている若い方は
好みではない、ということもあったようですね。

朝日屋は典型的な引き算の味で、通っても飽きない、
そのうちに身体が覚えてしまうという感じでした。

インパクトがあり、わかりやすい、おお、うまい
!という店はこちらにもたくさんありますが、
一回食べると納得してしまい、リピートしません。
インスタントラーメンの新製品たくさん出ますが
今でも一番売れるのが、カップヌードル、チキンラーメン、チャルメラ、札幌一番塩だったりする
のと似ているように思えます。
毎日食べても飽きないベストセラーはシンプルで
過剰すれすれで止めていますね。

朝日屋は毎回、あれ、味薄くなったかな、と思い
ながら食べ進むうちに口にコクが広がり、
スープ飲み干した時にそのコクがピークになる、
後味が結構な時間残るけれどまったくくどくない、というものでした。タンメンはもう少し
こってり感ありましたが、基本的には同じ。
食べるということでは同じながら、最初から最後まで刻々と変わる音楽や小説のようなひと時だったと思います。
また地元常連さんたちとの会話もアイコンタクトと一言二言でしたから、非常連の私にとっても
敷居を感じることもありませんでした。
頑固そうだけれど、時々にこっとする表情も好きでした。全てが無形文化財だと思っています。
Re: No title
行徳様
それだけのものがあったということですね。
見直しました。

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