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万葉歌碑

今は台風の影響で過ごしやすい気温となり一息ついていますが、先週の日曜日はまだ暑かった。
夕方青屋祭を少し覗こうと出かけて、時間が30分早すぎたので、近くの石岡小学校の「民族資料館」の前に行ってみた。
時刻はまだ夕方5時少し前であったが、すでに閉館していた。日曜日でこのありさまはこの街を象徴している。

民族資料館は金~日のみ開館で、夕方4時半で閉まってしまう。
石岡市史などもここで買えるのですが、あまり知られていないですね。

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民族資料館の横の植え込みの陰に万葉歌碑が置かれています。

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「庭に立つ 麻 ( あさ ) 手 ( で ) 刈り干し布 曝 ( さら ) す 東女 ( あづまをみな ) を忘れたまふな」(藤原 宇合 ( うまかひ ) 大夫 ( まへつきみ ) 、任 遷 ( うつ ) りて京に上る時に 常陸娘子 ( ひたちのをとめ ) の贈る歌)

(麻を、刈ったり干したり晒したりしていた東国の女を忘れないでくださいの意見)

都から来ていた国司、藤原宇合(うまかい)は奈良時代前半政権をとった藤原不比等の三男で藤原四兄弟の一人です。高橋虫麻呂を部下として常陸風土記を編纂したのではないかともいわれます。この宇合がこの地方の娘と恋に落ちたのでしょう。都に帰る宇合を見送る時に読んだものです。持統天皇八年(694)の生まれで、霊亀ニ年(716)に遣唐副使として2年間中国唐に渡り儒教的教養を身につけ帰国し、その1年後の養老ニ年(718)7月に常陸国守となった(安房・上総・下総も所管とした)。養老七年(723)に任務を終えて京に帰ったとされる。(市制30周年記念「石岡の歴史」より)

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この歌碑のすぐ後ろが府中城の土塁跡です。

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全体ではこんな感じ。 この右手に常陸府中藩陣屋の門が残されて展示されています。
前に紹介した道標「右あたご道 左根あたり」もおかれています。

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「常陸国府跡」の碑。国の史跡に登録されましたね。説明では「国衙(こくが)跡」となっていましたが、史跡登録は「国府跡」です。

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この場所は、石岡小学校の敷地内です。この日は日曜日でほとんど人はおりませんでした。
この木陰に立っていると、とても気持ちの良いさわやかな風が吹いていました。
暑さを吹き飛ばしてくれる風です。
小学校に「万葉の恋の歌もこれまたよし」ですね。子供たちに分かるかはわかりませんが・・・。


 

近況 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/07/21 18:36
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