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手奪橋(てうばいはし)

 現原の丘へいった時に近くだと思って梶無川に架かる橋を探してみた。
今回の地震で川の周りの道もかなり液状化の被害にあっていた。こんなところまでという気がした。

さて、この「手奪橋」は玉造の役場から梶無川にそって走る県道116号?線が2度目に梶無川を渡る橋がこの橋であった。
地元でもないのであまり走ったことは無いが、この先は倉数地区で陣屋という信号がある。
興味がわきますね。
倉数といえば塩の神社「潮宮(いたみや)神社」がありますね。とても不思議な空間です。

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橋の欄干の四隅にはそれぞれ河童の像が置かれています。

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この河童と橋の名前のいわれは下の写真の通りです。

kappa03.jpg

芹沢家の先祖ということで、この町の説明には「新選組を創った男のまち」となっていました。

kappa04.jpg

昔の説明板なのでしょう。馬のしっぽを引っ張る河童の絵がいいですね。

私はあまのじゃくですので、可愛い茶目っ気のある河童の腕を切ってしまったのは可哀そうに思いますが・・・。
河童は牛久沼が有名ですが、石岡ではあまり話は聞きません。

kappa05.jpg

それにしても変わった名前の橋ですね。
この話がないとしたら、この橋の名前はどんなことからついているのでしょうか?
昔話としてはとても興味がわきます。芹沢鴨の里として、別な観点から物を見てみたいと思いますね。


 

玉造 | コメント(8) | トラックバック(0) | 2011/07/26 18:10
コメント
No title
手奪橋ですが
地元では梶無川も手奪川と言われていました。

河童伝説ですが
元々が芹澤鴨の先祖がこの一帯を治めていた時の話ですが
上流の領地だった場所には手接神社もあります。

また芹沢家の敷地内には手接明神もあります。

茨城には他にも利根町・土浦など河童伝説も各所にあります。

また個人ですが銚子の大内さんが河童のミュージアムをやっています。
一度御訪問されていかがですか?
Re: No title
samuraiblueさん
こんにちは。色々お教え下さり感謝です。

> 手奪橋ですが地元では梶無川も手奪川と言われていました。
・・・おもしろいですね。何時ごろから言われ出したのでしょう。
> 上流の領地だった場所には手接神社もあります。
・・・薬も秘伝で伝わっているとも書かれていましたね。
> 茨城には他にも利根町・土浦など河童伝説も各所にあります。
・・・茨城は河童の伝説も多いようですね。そのうち調べてみます。
>銚子の大内さんが河童のミュージアムをやっています
・・・機会があれば行ってみます。情報多謝です。
No title
こんにちわ、芹沢鴨については芹沢村出身ではなかったという説も最近浮上しているようです。幼名とされていた玄太が兵太で、他の家族の年齢と比べて年齢が合わないとか。出身とされてきた根拠が揺らいでいるようですね。
小島さま
こんにちは。
コメントありがとうございます。
また貴重な情報感謝します。
この近くには「新撰組を創った男」の旗がたくさんありますね。
まだ不明な点「下村継次」でしたか?よくわからない点があるのですね。
石岡にも芹沢というお医者さんがあります。
この芹沢家の子孫だとか・・・。
「てばいばし」について
Roman様。はじめまして。おじゃまします。
行方市のことについて書かれていたので、コメントします。
「手奪橋」は、本当は「てうばいばし」とは読まず「てばいばし」と読みます。そこの小字名は、今でも「てばい」で、近世の絵地図には、橋も「てばいばし」と書かれています。
近代(特に昭和以降かと思いますが)になって、石の橋を作ったとき、工事業者が石柱に「てうばいばし」と彫ったため、地元の人たちまで、「てうばいばし」と呼ぶようになってしまいました。誰も指摘する人がいなかったのでしょう。
その後に橋を新しくした業者も、同じように「てうばいばし」と記しました。こうして、本来の名前が失われていくのは残念なことですが…。工事業者は良かれと思って名を記したのでしょう。
地元の機関誌にも書いたのですが、行方市が「てうばいばし」を修正することはないようですので、このまま変わらないと思います。今では特に気になることでもありませんが、豆知識としてお知らせします。勿論「手奪川」も「てばいがわ」が正しいと思います。
小生はどちらかというと、「てばいばし」や「てばいがわ」のほうがいいです。俳句や短歌を作るとき、五文字のほうが作り易いですから。
カブトガニⅡさま
今晩は。

コメント嬉しく思います。
「てばいばし」ですか? 確かにこちらの方がいいです。
「てうばいばし」ではあまりにもという感じですよね。

お教えいただき感謝です。

行方もたくさんお宝が眠っていそうですね。

なかなか奥が深くてほんの表面をつついただけなのかもしれません。
No title
Roman様、今晩は、またお邪魔します。
いつもためになる情報ありがとうございます。

「手奪川」に、「テバイカハ」というふり仮名を付けた古文書がありました。『みち艸集(上)』(56コマ目)或いは『里老伝常陸地理誌(みちくさ集)』(107~108頁)です。著者は雨宮南亭です。ネットで検索して見られます。お知らせまで。
カブトガニⅡ さま
> Roman様、今晩は、またお邪魔します。
> いつもためになる情報ありがとうございます。

いえいえ、こちらこそ行方はもうまったくお手上げです。
何時も貴重なアドバイス感謝します。

> 「手奪川」に、「テバイカハ」というふり仮名を付けた古文書がありました。『みち艸集(上)』(56コマ目)或いは『里老伝常陸地理誌(みちくさ集)』(107~108頁)です。著者は雨宮南亭です。ネットで検索して見られます。お知らせまで。

貴重な情報ありがとうございます。


「テバイカハ」がいつの間にか手奪川となり、後から付けられた芹沢家の薬の効能もあってカッパ伝説が生まれた。
そんなところでしょうか・・・・。

「テバイ」とはどんな意味でしょうね。
佐賀なら「ガバイ」ばあちゃんというように「すごい」なんて言う方言もあるのですが。



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